パソコン発明の背後にあったアメリカの軍事事情
「Thinkstock」より
スティーブ・ジョブズが他界した2011 年秋、05年に彼が母校スタンフォード大学の卒業式で”Stay hungry. Stay foolish.”と述べた映像をニュース番組でしばしば目にした。
その言葉は1968年に米国西海岸で創刊されたヒッピーのバイブル的な雑誌「ホール・アース・カタログ」最終号の裏表紙に書かれていたもの……と補足する番組はほぼなかった。だが、彼がかつてヒッピーだった事実に触れるメディアはあり、現在のITのルーツにカウンター・カルチャーがあることを再認識しようとする世間のムードが少なからずあったかと思う。
私たちの日常にすっかり浸透したパソコンやインターネット。その発想の源泉や発展の道のりをあらためてひも解くことで、より深くITを活用したり、IT文化の未来を占ったりするためのヒントを読者が得られるのではないか……。そんな希望を持って”ITの素(もと)”を再考していくこの企画。第1回は、カウンター・カルチャー最盛期の68年、ヒッピーの聖地サンフランシスコで伝説的デモンストレーションを行ったダグラス・エンゲルバートという技術者に焦点を当てる。
スタンフォード研究所のオーグメント研究センターで人間とコンピュータの恊働について研究していたエンゲルバートは、そのデモでパソコンのプロトタイプを提示した人物である。そんな彼を、「パソコンの基礎技術をつくった最大の貢献者」と編著『思想としてのパソコン』(NTT出版)で評した東京大学大学院情報学環教授の西垣通氏はこう話す。
「AI(人工知能)はコンピュータの中で知性が生まれるという考え方に基づき、メインフレームに対応していますが、パーソナル・コンピュータはIA(知能拡張装置)、つまり人間の知性を増幅するコンピュータという考え方がベースにあるので、人間とのインタラクションが必要。それを可能にするGUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェース)の基礎を最初につくったのがエンゲルバートで、具体的には身体の動きと連動したマウスやディスプレイ上に次々に開くウィンドウを発明した。そんな彼は、現在のパソコン文化のコアを創造したといえます」
それまでのコンピュータといえば、巨大権力の象徴のような中央制御型のマシンというイメージだったが、人間の機能を拡大するシステムとしてコンピュータを捉えたエンゲルバートは、68年のデモで個人が利用するためのコンピュータのあり方を技術的に示し、コンピュータ専門家の度肝を抜いたのだ。