12月19日、後藤氏の夫人へのメールによって、後藤氏が確かに拘束されているとの心証を持つに至った。しかし、具体的に犯行主体がISILであるとの確証を得ることはできなかった。15年1月20日、ISILによって発出されたとみられる動画を確認した。
この1月20日までの期間、政府は湯川氏については、拘束されているとの疑いがある行方不明事案であり、後藤氏については、犯行グループから後藤氏の夫人宛てのメール送付により、何者かに拘束された可能性が高い事案と受け止めていた。
政府は、湯川氏と後藤氏が拘束されている可能性について認識していたが、いずれの者の犯行であるか、1月20日の動画公開まで、確定的な情報には接していなかった。
直接交渉せず、“伝言ゲーム”で済ませた政府
以上の事実関係と政府の状況を見て、「歯がゆい」という感想を持つ読者は多いだろう。結果的に、両氏はISILによって殺害されるという悲劇的な結末を迎えてしまったが、政府は両氏を拘束、殺害したとみられるISILと一度も直接的な交渉を行っていないことが明らかになった。
直接交渉を持たなかった理由について、政府は、「ISILは際立った独善性・暴力性を有するテロ集団であり、理性的な対応や交渉が通用する相手ではなく、そのような相手に対して、人質を解放するために何が最も効果的な方法かという観点から、メールを通じて直接コンタクトすることではなく、関係各国や部族長、宗教指導者等あらゆるルート・チャンネルを活用し、最大限の努力を行った」としている。
情報はすべて、政府自らISILから入手したものではなく、関係各国や部族長、宗教指導者などからのものであり、肝心の解放交渉も“自らが矢面に立つことはなく”、同様に関係各国などに頼っている。
交渉を頼まれた関係各国や部族長、宗教指導者などは当事者でないため、交渉の余地がわからず、困難を極めることは容易に想像できる。
ちなみに、湯川・後藤両氏の家族に対して、政府は報告書の中で「十分な支援を行い、負担が軽減されるように努めた」という旨の主張をしている。しかしISILからの直接の情報もなく、当然、直接交渉も行わず、交渉の過程も明確でなかったことを考えれば、家族が納得できる対応をしていたかどうかは疑問だ。
政府は、直接交渉を行って失敗すれば、謗りを免れない状況になることを恐れたのだろうか。しかし、報告書で述べている「(ISILは)理性的な対応や交渉が通用する相手ではない」という判断は、直接交渉を行った結果でなければ説得力はない。自らが人質解放交渉をせずに、関係各国や部族長、宗教指導者などを頼みとした“伝言ゲーム”をやっただけでは、「政府が責任を持った対応を行った」とは受け止められないだろう。
今後も、このような事案が発生する可能性は高い。政府は、対応する体制を早急に整備する必要があるだろう。
(文=鷲尾香一/ジャーナリスト)