こうして意図せず失職した中高年は、転職も容易ではない。そこで多くの人が、退職金やなけなしの蓄えを投じて新しく事業を立ち上げることになる。こんな事情から、韓国は自営業者の割合が高い。2017年時点で568万人、全労働者の実に25.4%を占めている。
もちろん専門的な知識やスキルを活かして起業する人も多い。だがそうでない人にとって、手軽なのが飲食店だ。
とりわけ店舗の立地や広さをあまり問わない宅配チキンは、開業費用が平均5700万ウォン(約512万円)と比較的安い。また原材料の調達から調理・運営方法も、フランチャイズのマニュアルが多数用意されている。そのため準備もなく開業を迫られた中高年退職者の多くが、宅配チキンにすがるわけだ。そんな事情を反映して、チキン店は従業員を雇わない自営業者が9割を占めるという。
1時間に1軒がつぶれるチキン店
今年6月には、韓国のKBフィナンシャルグループがこんな数字を発表した。2015年から2018年まで、4年連続でチキン店の廃業が創業を上回ったという。創業は直近でピークだった2014年の9700件から、2018年は6200件に減少。一方の廃業は2014年の7600件に対し、2015~2018年は8400件以上で推移している。およそ1時間に1軒のチキン店がつぶれている計算だ。2017年は創業5900件に対し、廃業が約1.5倍の8900件に上った。
報告はまた、いっそう厳しさを増すチキン店の経営状況も指摘している。2011年から2017年にかけてチキン店の年間営業コストが89%増加した半面、営業利益は32%減少したという。また最近は韓国のコンビニでも店頭で揚げたチキンの販売を拡大し、宅配チキンを脅かしている。
数千万円の借金を抱えるオーナーも
そうしたなか、オーナーはフランチャイズ本社へのロイヤリティも支払わなくてはいけない。また本社から供給される原材料にもマージンが上乗せされており、二重の負担を強いられる。韓国の公正取引委員会はマージンの比率を公開するよう求めているが、フランチャイズ業界の抵抗は根強い。
過当競争とコスト増で苦しむなか、借金を重ねる人も多い。チキン店を営む自営業者のうち、22%が1億~3億ウォン(約897万~約2691万円)の負債を抱えているという。そうした経営者たちが前述のようにバタバタと力尽き、より苦しい失業者の仲間入りをしているわけだ。
受験戦争、就職難、高失業率、そして自殺率の高さ――。「ヘル朝鮮」とは、生きづらい韓国社会を若者たちが自嘲して呼んだ言葉だ。人気の宅配チキン業界では、その「ヘル朝鮮」からドロップアウトした中高年がいっそうの困難を強いられている。
(文=高月靖/ジャーナリスト)