勝者の声がほとんど聞こえなかった――。
9月26日、兵庫県の宝塚ホテルで行われた囲碁の第44期名人戦七番勝負(日本棋院、関西棋院、朝日新聞社主催)の第4局2日目。午後7時頃、233手で張名人(39)が投了した。このシリーズ、芝野虎丸八段は初戦こそ敗れたが、その後、2連勝していた。今対局の勝利で3勝1敗とし、名人奪取に王手をかけた。この日は、黒番だった挑戦者が終始攻勢で、途中、AI(人工知能)が早々と、90%以上での芝野八段の勝利を示していた。
しかし、芝野は局後のインタビューで、「先に3勝できたけど、もう1回勝たないといけないので、これまで通りがんばりたい」などと消え入りそうな声で話した。筆者にはシャッター音もあってほとんど聞こえなかった。負けたカド番となった張名人のほうが「悪くないかとも思えたこともあったが、打つ手が非常に難しかった。あきらめずにがんばるしかない」と朗らかに話していた。
第5局は10月7、8日に静岡県熱海市で開かれるが、芝野が勝利すれば囲碁史上で初めて十代の名人誕生となるのだ。これまでの名人誕生最年少記録は、全七冠制覇で国民栄誉賞も受けた井山裕太現四冠(30)が2009年に記録した20歳4カ月。2位ははるか昔、趙治勲九段(62)の24歳だ。19歳というのは井山が初めて名人戦に挑戦した年齢でもある。
「天下に二人と存在してはならぬ傑物」たる名人。ちなみに将棋の名人の最年少記録は、谷川浩司九段(永世名人資格)の21歳2カ月。あの羽生善治九段(永世七冠資格)でも名人になったのは24歳だ。飛ぶ鳥を落とす勢いの藤井聡太七段は現在17歳だが、名人戦は順位戦の年度ごとの昇級が必要なので、現在C1組の藤井が十代で名人になる可能性はゼロだ。
芝野が張名人から奪取すれば、囲碁、将棋併せても初の十代の名人誕生となる。19歳の芝野にとって、もちろん最初で最後のチャンスである。
華奢で気も弱そうなキャラクター
そんな芝野は神奈川県出身。父親が人気アニメ『ヒカルの碁』のファンだった影響で、幼少時から囲碁を始めた。その後、東京都杉並区の洪道場(洪清泉氏主宰)で腕を磨くとすぐに才覚を表し、14年に初段。翌年には二段に昇段した。16年には棋聖戦のCリーグを4勝1敗としてBリーグに昇級、三段に昇段した。