神戸山口組の古川幹部が射殺された11月27日は大安で、六代目山口組の盃事(さかずきごと)が名古屋市内で行われていました。同じ日に対立組織幹部をマシンガンで射殺し、当時は天皇も近くにいたのですから、良くも悪くもヤクザも変化しているのだなと思います。私が子どもだった時代の、竹槍で武装したヤクザたちとは隔世の感があります。
とはいえ、本部事務所には銃などの危険なものは一切置かれていません。警察に把握されてインターネットでもさらされているような場所に、そんな危険なものを置くはずはないのです。
また、古川幹部の射殺事件をめぐっては、軍用の機関銃M-16が使用されたことで、「なぜそんな危険な銃が日本に入ってきているのか」と警察があわてたと聞いています。今後は、銃の入手法や隠し場所などについても追及が進められるようです。
こうした殺傷能力の高い大型の銃や覚醒剤は、いわゆる「瀬取り」と呼ばれる洋上取引によって国内に入ってきているといわれています。船から船へと積み荷を移すことですが、こうした銃の密輸には海外のマフィアのほか在日米軍などの関与も噂されています。米兵が小遣い稼ぎに銃や手榴弾をヤクザに売っているんですね。
ちなみに、中田組長は以前から「たとえ1人になろうとも、山健組に残る」と定例会などで話していたそうです。残るつもりなら、銃撃には行かないでしょう。
この山健組を設立した山本健一初代は田岡一雄三代目の側近中の側近で、「日本一の親分の下で日本一の子分になる」と言っていたそうです。六代目山口組の司組長も、山健親分を「ホンマの最後の極道」と評したという話もあります。
田岡三代目や山健親分が生きていた時代も「頂上作戦」などが行われ、警察による暴力団排除の動きは厳しかったのですが、現在ほどではなかったと思います。たとえ六代目山口組や神戸山口組を排除したところで、別の形でヤクザは出てきます。それは、いつも言っているように「より悪い形」でしかありません。
(構成=編集部)