狡猾すぎるイギリス、EU離脱でも「世界の金融センター」の地位揺るがず強気…EU各国は分断の危機
同制度によって、日米をはじめとする世界の銀行の半数以上がシティに支店やヨーロッパ事業の拠点を設けている。また、EUの専門機関である欧州銀行監督局の本部はロンドンに置かれているし、デリバティブ(金融派生商品)などの決済機関もロンドンに設置される予定だった。
さらに、シティは時差的に有利な場所に位置している。為替取引において、午前中はアジアとヨーロッパのマーケットに、午後はアメリカのマーケットにアクセスできるため、最適な地域なのだ。
そうした事情から、シティは「ユーロダラー」(アメリカ以外の銀行に預けられた米ドル預金)の取引の拠点にもなっており、ドルの為替取引全体の約4割(米ニューヨークのウォール・ストリートの2倍)を占めているとされる。これらを支えていたのがシングル・パスポート制度であり、イギリスにとっては生命線ともいえる同制度を維持したいわけだ。
また、イギリスは言語が英語のため、アメリカの銀行との関係において優位性がある。さらに、法体系も英米法なのでアメリカと共通している。かつてはイギリス、その後はアメリカによって金融支配が行われてきたという歴史の中で、金融における標準語は英語であり、ルールは英米法に準拠しているわけだ。
細かな契約の集合体である現在の金融にとって、「言語と法体系が同じ」という点は非常に重要であり、逆にこの2つが違うというのは致命的な問題になる。つまり、現実的に考えて、シティ以外が金融センターの機能を担うのは不可能に近いといえる。
EUを瓦解させるイギリスのしたたか外交
逆にいえば、EU側は離脱に伴いイギリスから同制度を剥奪して、ほかの加盟国にお金を流したいという狙いがある。しかし、ドイツ銀行をはじめヨーロッパの銀行は経営面で脆弱性を抱えているため、簡単にシティの代わりが見つからないのが現状だ。そうした事情も踏まえた上で、イギリス側は強気な姿勢で金融面における現状維持を求めている。
EUでは、重要な決定については全加盟国または3分の2の合意が必要になるため、イギリスは各国と個別の条約を結ぶことで分断工作を図ることもできる。その場合、EUの一体的な対応を瓦解させると同時に、イギリスにより有利な条件を引き出すことになる可能性が高い。そのあたりは、さすがに外交上手でしたたかなイギリスといえる。そして、そのような交渉の過程で、EU内の分断と亀裂はより一層深まっていくものと思われる。
(文=渡邉哲也/経済評論家)
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