大手広告会社・電通で昨年12月、新入社員の女性・高橋まつりさんが過労自殺をした。今年9月、長時間労働によるものとして労災認定された。厚生労働省は、電通では長時間労働が常態化していた可能性が高いとして、強制捜査に踏み込んでいる。
日本社会に広くはびこる長時間労働を撲滅しようと、安倍晋三首相が「今後3年間の最大のチャレンジ」と位置付け、「働き方改革」を提唱している。「残業ゼロ」を公約に掲げて当選した小池百合子東京都知事は、働き方改革の一環として都庁職員を午後8時までに退庁させる取り組みを始めた。
長時間労働が根付いている日本で、残業を減らすことは簡単ではない。だが、過労死をなくすためにも、極力残業しない働き方を模索することは不可欠だ。悲惨な過労死の実態をあらためて認識すべく、過労死遺族の馬渕郁子氏に話を聞いた。
馬渕氏は1988年、夫を過労死で亡くした。その後、遺族として中央労働基準監督署で労災認定を勝ち取る。「全国過労死を考える会」を結成し、代表として10年にわたり過労死・過労自殺の撲滅に取り組んできた。
過労死事件が起きても体質が変わらない電通
–電通の過労自殺事件について、過労死遺族としてどのように思いますか。
馬渕郁子氏(以下、馬渕) 三田労働基準監督署がここまで動くのですから、すごいことが起きているのです。これは、高橋まつりさんたちが長時間労働に加え、多大なノルマやパワハラなどに苦しんでいたことの表れだと思います。
私は、過労死遺族としてそのことに猛烈な怒りを感じています。今なお、電通の社長からは社会に向けて、事件の説明もお詫びもないのです。責任を感じているようには到底、思えません。
電通は1991年にも、24歳の男性社員が過労自殺をしています。この事件は最高裁判所まで争われ、遺族側の勝訴となっています。私は夫を過労死で亡くしたこともあり、この裁判の行方を注意深く見ていました。
しかし、この判決を受けても電通は会社の体質を変えることはないと考えていました。労務管理のあり方を変えるとして遺族側と和解をしましたが、電通ほど大きな会社は、ひとりやふたりの社員の死では変わらないのです。電通は2013年にも30歳の男性社員が過労死しました。経営陣も社員たちも、過労死や過労自殺を他人事のように考えているのでしょう。
だからこそ、社長以下、多くの社員が社員の死に無関心で無責任となり、何度も悲劇を繰り返すのです。失った人は帰ってこないという意味をわかっていないのです。
本来、過労死を民事事件として扱うだけでなく、刑事事件としても扱うべきだと私は考えています。殺人に近いことが行われているのですから、警察や検察が動くべきです。そのようにしないと、無関心な人は今後も無関心で責任を感じないままです。