元TBS記者でジャーナリストの山口敬之氏によるレイプを訴えている女性が、検察の不起訴処分に納得がいかないとして、検察審査会に申し立て、記者会見を行った。女性は、家族の反対があったとして姓は伏せたが、下の名前は「詩織」と明らかにし、顔の写真撮影にも応じた。
被害者に対する深刻な人権侵害
性犯罪の被害を、顔や名前を出して訴えるというのは、日本ではこれまで聞いたことがない。あえてその道を選んだ理由を、詩織さんはこう語った。
「こういう事件の被害者が、顔を隠してもらわないと話せない、という状況にすごく疑問を抱いた。警察でも『被害者らしく』と言われたことがある。被害者は、被害者らしくしていなきゃいけない。悲しく弱い存在でないといけない、隠れていなきゃいけない、恥ずかしいと思わなきゃいけない。そういう状態にとても疑問を感じました。私は何も悪いことをしていない」
顔を上げ、質問者の目を見ながら、凜とした態度で答える様子からも、“かわいそうで不幸な被害者”にはならない、という強い意思が伝わってきた。また、自分が体験したり確認したりしたこととそうでないことを、きちんと分けて語る理知的な対応が印象的だった。
記者会見での質問には、かなり政治的な意図を感じるものもあった。本件では、捜査段階で逮捕状は出ていて、高輪署の捜査員が空港で帰国する山口氏を待ち構えていたのに、急きょ「上」からの指示でストップがかかった。この点について、ある質問者は、山口氏が安倍晋三首相と極めて近しいことを挙げ、「私は、安倍首相と親しい記者だからだと思う」と繰り返したうえで、詩織さんの見解を問うた。
これに対し詩織さんは、困惑した様子を見せながら、次のように答えるにとどめた。
「私の知り得ない上のパワーがあったと思う」
だが、安倍シンパのネット住人から、彼女の記者会見は政治的な意図があるとされて、ひどい言葉が投げつけられている。
「嘘つき女」「被害者づら」「美人局」「ハニートラップ」……彼女は記者会見で、性犯罪の厳罰化などを含めた刑法改正を今国会できちんと審議することは求めていたが、共謀罪に関しては言及していない。それにもかかわらず、彼女が「共謀罪の審議をやめろ」と語ったなどというデマもネット上で拡散された。
こうした層には、安倍政権にとって不利益をもたらす者はすべて外国人、と決めつけたがる人が少なくなく、今回もヘイトスピーチとしか思えないひどい言葉が飛び交っている。
事態は、もはや大がかりなネットいじめであり、深刻な人権侵害と言わざるをえない。これに対するネット業界の対応は鈍すぎる。
異例だった逮捕執行取りやめ
今回の事件で特異なのは、逮捕状の執行直前に捜査方針が変更された、本件捜査の経緯だ。
「週刊新潮」(新潮社)の取材に対し、当時警視庁の刑事部長だった中村格(いたる)氏が「(逮捕は必要ないと)私が決裁した。(捜査の中止については)指揮として当然だと思います。自分として判断した覚えがあります」と答え、自身が逮捕にストップをかけたことを認めている。
その対応は、本当に「指揮として当然」なのか。捜査を経験した人たちからは、疑問の声が挙がっている。
たとえば、元検事の落合洋司弁護士によれば、通常、逮捕の方針は捜査を行っていた警察だけの判断ではない。
「告訴事件で逮捕する場合は、警察は検察に相談して了解をとる。それは、いったん逮捕してしまうと、(検察が処分を決めるまでの)時間が限られてしまうからです。(相談に対して)検察は、必要を感じた場合には、『もっと補充捜査をするように』などと助言します。特に、警視庁はそういう事前の相談は丁寧に行っています」
つまり、検察のチェックと了解を得たうえで高輪署が逮捕状を請求し、裁判所はそれを交付したことになる。