出世の条件は不倫!? ロンドン赴任の新聞記者を追いかけ愛人と妻が現地で大騒動!
北川と小山の2人は身体検査の意味がよくわからない。2人とも5段重ねの弁当を広げ、おかずにつけていた箸を止めたが、松野を窺うように見つめた。
「君たちは身体検査の意味がわからんのか。政治部と経済部の両生類みたいな村尾君でもわからなかったからな」
「仕方ないな」という顔つきの松野が続けた。
「組閣の時、よく言われるだろう、身体検査って。それと同じだ。君たちは経済部出身だけど、俺だって、経済部出身だ。その俺が使うんだから、わかってくれなきゃ困るぞ」
「大臣に就任してすぐにスキャンダルが暴かれたりしないようにするやつですね」
隣の北川が追従すると、小山は首をかしげた。
「でも、僕らの身体検査が、なんで必要なんですか。ハジパイみたいなもんでしょう。僕らのスキャンダルなんて誰も関心を持ちませんよ。それに、僕らに2つのSがあるのは、ご存じじゃないですか」
この小山の言い様に松野がカチンときた。
「小山君、君は何もわかっていないな。村尾君、君はKYを幹部登用のキャッチフレーズにしているんじゃないのか。こんな頓痴気じゃ、合併後は使えないぞ」
「いや、申し訳ありません。僕も、小山がこんな頓痴気と思っていませんでした」
火の粉が飛んできた村尾が狼狽気味に詫びると、小山に厳しい調子でまくしたてた。
「おい、小山。先輩に失礼じゃないか。確かに君に2つのSがあることくらいは知っている。でもな、会社が違えば、詳しくは知らない。だから、合併する以上、ちゃんと知っておきたいと思うのは当たり前じゃないか。そんなこともわからないのか」
小山は座布団を外すと、正座し直した。そして、「申し訳ありませんでした」と言って、畳に頭を擦りつけた。小山はおっちょこちょいだが、村尾同様に謝るのは得意なのだ。松野は面を上げない小山を見下ろしていたが、我慢できなくなった。人がいいのだ。
「おい、小山君、もういい。面を上げろ。わかればいいんだ。とにかくな、俺は君らに2つのSがあることは知っている。でもな、うちの北川のことは全て知っているが、君のことはおおよそのところしか知らない。それはな、村尾君だって同じだ。君のことは知っているが、うちの北川のことはよく知らないはずだ。そうだろ、村尾君」
「先輩、そうです。この2人に合併後の将来を担ってもらわないといけないわけですから、身体検査は絶対必要です。いくら、我々が隠ぺいに長けていると言っても、事実をちゃんと知らないと、どこでぼろを出すかわかりません。おい、小山、わかったな」
小山は神妙な顔つきで、ただただ頭を掻くだけだった。自分に矛先が向かいはしないかと戦々恐々の北川はうつむき加減で、弁当のおかずを食べ続けた。気まずい沈黙が支配しそうになったとき、村尾が救いの手を差し伸べた。
「先輩、2人に自分で2つのSを話せと言っても、無理じゃないですか。小山のことは僕がかいつまんで説明しますから、それを聞いて質問するっていうのでどうでしょう。昭和50年(1975年)入社の小山の方が49年入社の北川君より1年下ですから、小山の方から話しますけど、北川君については先輩にお願いしますよ。それでいいですね」
松野が首を縦に振るのを見て、村尾が小山の2つのSの説明を始めた。
「先週、業界紙を補強して大きな記事にでっちあげるのが得意、って話しましたよね」
「それは聞いたな。それが君の言うKYなんだろ。でも、さっきの頓痴気ぶりじゃ、ちっともKYじゃないな」
「そうなんです。記者として能力はともかく、仕事ではKYなんですが、プライベートでは全然なんですよ。僕がロンドン支局次長だった時、小山も経済担当として駐在していたんですけど、その時、女性問題で大トラブルを起こしたんです。シティ(ロンドンの金融街)の邦銀の駐在員を巻き込んで大騒動になったんです」
「日亜の編集局長は大騒動の末、離婚して再婚していると薄々聞いていたが、やっぱり、それが2つのSなんだな」
「ええ、これからその事件をかいつまんで説明します。おい、小山、いいな」
小山はうつむいたままだったが、村尾は事件の概要を説明し始めた。