それにしても、よりによって被害者の女性を被告に提訴しておきながら、公判で証拠も提出できないという迷走ぶり。大企業の訴訟戦略としては稚拙というしかないが、この野村総研側の代理人として訴訟を指南しているのは、日本の四大法律事務所の一つ「森・濱田松本法律事務所」(東京都千代田区)に所属するベテラン女性弁護士だ。会社法務の専門としてメディアへの露出も多いが、現在も市民団体から懲戒請求が出されているなど、その手法はしばしば物議を醸してきた。
例えば、昨年8月に精密機械大手のオリンパス(東京都新宿区)の社員が内部通報を理由に配置転換されたと訴えた裁判で、東京高裁は二審でオリンパスに対し220万円の損害賠償を命じ、さらに東京弁護士会からも「オリンパスの行為は人権侵害にあたる」として「人権侵害警告書」が同社に出されるなど、企業として多くの問題点が指摘されたわけだが、この時の代理人として背後で訴訟を指南していたのが、実は同じ女性弁護士だ。オリンパスの件でも、多くの矛盾を抱えた裁判戦略を一貫して主導してきた立場として、一部の法曹関係者からは批判の声が上がっていたという。
大手企業が大手法律事務所の名の知れた弁護士を使い、組織の不祥事を隠蔽するために一般の女性を恫喝訴訟【註2】しているとすれば、事態は極めて深刻だ。コンプライアンスという言葉が世に浸透した今、企業や法曹関係者の社会的責任の意味を考え直す意味においても、本案件における裁判所の今後の対応に多くの注目が集まっている。
(文=浮島さとし)
【註1:審理の分離】
ある審判事件が他の審判事件と関連性がないと認められ、同一の手続きで審判する必要がないだけでなく、かえって審理の複雑化や遅延の原因になっていると認められる場合に、裁判官の裁量によって審理を分離し、個別の手続きによって審理することがある。
【註2:恫喝訴訟】
資本力のある大企業などが自社に不都合な事実を隠ぺいするため、社会的立場の弱い個人への嫌がらせを目的に起こす高額な損害賠償訴訟を指す。被告とされた個人は莫大な訴訟費用の負担や精神的苦痛を強いられるため、企業側は裁判の勝ち負けにかかわらず、訴訟を起こすことで個人を追いつめ、結果的に事実の隠蔽を図ることが可能となる。アメリカではSLAPP(Strategic Lawsuit Against Public Participation=スラップ)とも呼ばれ、現在では多くの州で反SLAPP法が制定されている。