次に、先に触れた「原爆は戦争終結を早め、多くの米兵の命を救った」という主張である。救われた米兵の数は100万人とも50万人ともいわれるが、いずれも根拠のない数字だ。45年6月18日、米軍の最高幹部らが出席した会議では、日本上陸作戦を決行した場合に予想される戦死者数は2万人と公式に報告されていた。
人命の重みを数で単純比較することはできないものの、2万人の米兵の命を救うために、原爆で少なくとも広島14万人、長崎7万人の市民の殺戮が正当化できるはずはない。
女性や子供を含む一般市民を原爆で多数殺傷したことに対しては、米軍幹部の間にも批判があった。連合軍最高司令官で後に米国大統領となったドワイト・アイゼンハワーは、原爆の使用計画を知らされたときのことをこう回想する。
「私は2つの理由で反対だと述べた。第一に、日本は降伏しようとしており、あの恐ろしいもので攻撃する必要はなかった。第二に、私は我が国がそのような兵器を使う最初の国になるのを見たくなかった」
原爆投下を正当化する主張の3つ目は「放射能の影響はない」というものである。1945年9月12日、原爆開発責任者のひとり、米軍のトーマス・ファレル准将は東京で記者会見を開き、現地調査の結果、広島には放射能はないと断言する。さらに自分の意見として、破壊された地域に住むことは現時点で危険ではないと語った。
しかしその後、10カ月に及ぶ調査の結果、46年6月末に公表された公式報告書は放射能の存在を明記し、こう述べる。
「放射能の影響の深刻さは、爆心から3000フィート(約1キロ)以内にいた生存者の95パーセントが、放射能障害を被っていることからわかる」
米ニューヨーク・タイムズの存在
以上述べた通り、原爆投下を正当化する主張は、米政府や軍がでっち上げた神話にすぎない。だがそのような神話がなぜ、今に至るまであたかも真実のように信じられているのだろうか。
そこで大きな役割を果たしたのは、世界のジャーナリズムで最も権威ある新聞のひとつ、米ニューヨーク・タイムズである。同紙は米政府や軍の情報操作に協力し、虚偽の神話を浸透させる手助けをしていた。
前出・井上氏の著書によれば、広島・長崎への原爆攻撃を報じた1945年8月7日から11日までの5日間に、ニューヨーク・タイムズ紙は原爆に関する記事を132本掲載。そのうち放射能の影響について報じたのはわずか1本で、しかもそれは放射能の影響を否定する記事だった。