もっとも、裁判例を並べてみると、かつては、数十万円から百数十万円程度の損害が認められるのが相場であったのに対し、例えば、平成21年の一連の「大相撲八百長疑惑」記事により、「週刊現代」の発行元は、日本相撲協会に対し賠償金4290万円を支払うよう命じられていますし、高額の賠償金を認める裁判例が増えています。
このような賠償相場の高騰については、法曹界でも賛否両論があります。過熱する報道合戦を冷却する作用が認められる半面、民主主義社会の根幹である自由な報道が虐げられてしまっては元も子もありません。
この議論はこれからも必要ですが、報道側は、名誉権をはじめとする人権への配慮に最大限の注意が必要ですし、他方で真実を追究する姿勢も忘れてはならないところです。
●「表現の自由」による防御
ところで、人の名誉を毀損する行為であっても、時には、また、使いようによっては、社会に対し警笛を鳴らす効果を生むときもあります。まさにこの作用こそがマスコミの本来的な存在意義であるといっても過言ではないでしょう。
特に、選挙に立候補する人や、社会的な名声や地位を有している人の「真実の姿」は、それを世間に広く知らしめることで、世の中のためになることも少なくありません。
そして、自分の意見や自分が見聞きした事実を他人に伝えるという人間の行動は、「基本的人権」として憲法で保障されています(憲法21条)。
そこで、憲法で保障されている「表現の自由」を行使したことを理由に刑事罰が科されることがないように、刑法230条の2は、表現の内容が、
(1)「公共の利害」に関する事実に関するもので、
(2)専ら「公益を図る目的」であって、さらに、
(3)記事などの内容が「真実」であった、
場合には、違法性がないものとし、刑事事件として刑事罰を科さないとしています。
また、上記(1)から(3)がある場合には、民事事件としても損害賠償をする必要がない、という結論が導かれます。
島田紳助さんの事件の場合、まだ東京高等裁判所の判決全文が公表されていないので詳しい評釈はできませんが、おそらく、「吉本興業」という、著名で芸能界だけでなく各界で大きな影響力がある会社と、「島田紳助さん」という、かつて公益性の高いテレビというメディアにおいて出演していない時間帯がないと言われるほどメジャーなタレントが関係する事件であっただけに、「タレントが社会悪と評価されている暴力団と付き合っていること」や、「会社がそのことを認識していたこと」を広く世間に伝えることは、単なる“面白おかしく”で済む話ではなく、記事の公共性、公益性が認められた結果であると思われます。
このように、単に、“人目を引く記事”だから直ちに名誉棄損、というわけではなく、その判断は、実に慎重に扱われているのです。
(文=山岸純/弁護士法人アヴァンセリーガルグループ・パートナー弁護士)
●弁護士法人アヴァンセリーガルグループ
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