女性問題の絶えない巨大新聞社長 奥さんが怒鳴り込む、愛人を“スパイ”として使う…
●ジャナ研にもスパイが来る?
「え、違うのか。それなら誰なんだ?」
「日亜から伊苅直丈という奴がくるということです」
「ほんとか。あんな奴が来るのか。日亜社内では、若い時から鼻つまみ者だ。奴は君と同じ政治部畑なんだけど、朝回り、夜回りのハイヤーの運転手たちから総スカンだった」
苦々しい顔つきの吉須は、お猪口を口にして一息つき、続けた。
「朝も夜も毎日ハイヤーを取るんだが、自分が寝坊して遅れそうになったりすると、一方通行を逆走しろとか、高速の路肩を走れとか、無理難題を言って、運転手が言うことを聞かないと、後ろの席から運転席を足蹴にしたりしたらしいんだ」
「僕の1年下なんで、どこかで会っているかもしれないんですが、名前を聞いた記憶がある程度なんですよ。でも、そんな馬鹿な奴、さすがに大都にはいませんね」
「君と違って傍流のクラブを回っただけで、政治部を“追放”されたけど、外報部とか内勤職場で編集局に居残った。運転手とのトラブルはなくなったけど、とにかく目下の人間には高飛車なんだ。どこでも後輩から総スカンになる」
「いくら、うちや日亜ではセクハラ、パワハラが出世の条件だといっても、大抵の奴は自分の子分みたいなのはつくって、そいつらだけは可愛がります。それがないわけですね」
「そうなんだが、村尾だけじゃなく、前社長の富島(鉄哉)の女性スキャンダルも握っていて、そう無碍(むげ)な扱いはできないんだ。ジャナ研は腐っても鯛だからな。でも、スパイなんてできる奴じゃないけどな…。体のいいお払い箱さ」
「今、聞き捨てならぬこと、言いましたよ。富島さんのスキャンダルってなんですか」
「その話は今度にしよう。もう食べ終わったんだろ。今日は帰ろうぜ。ただ、月曜日に太郎丸(嘉一)会長に会う前に、もう1回、会っておこうぜ。彼の意図がよくわからんからな」
「そうですね。月曜日の夕方どこかで落ち合って意見交換して一緒に行きましょう」
吉須は頷くと、大声で老女将を呼んだ。
(文=大塚将司/作家・経済評論家)
【ご参考:第1部のあらすじ】業界第1位の大都新聞社は、ネット化を推進したことがあだとなり、紙媒体の発行部数が激減し、部数トップの座から滑り落ちかねない状況に陥った。そこで同社社長の松野弥介は、日頃から何かと世話をしている業界第3位の日亜新聞社社長・村尾倫郎に合併を持ちかけ、基本合意した。二人は両社の取締役編集局長、北川常夫(大都)、小山成雄(日亜)に詳細を詰めさせ、発表する段取りを決めた。1年後には断トツの部数トップの巨大新聞社が誕生するのは間違いないところになったわけだが、唯一の気がかり材料は“業界のドン”、太郎丸嘉一が君臨する業界第2位の国民新聞社の反撃だった。合併を目論む大都、日亜両社はジャーナリズムとは無縁な、堕落しきった連中が経営も編集も牛耳っており、御多分に洩れず、松野、村尾、北川、小山の4人ともスキャンダルを抱え、脛に傷持つ身だった。その秘密に一抹の不安があった。
※本文はフィクションです。実在する人物名、社名とは一切関係ありません。
※次回は、来週11月1日(金)掲載予定です。