若気の過ちで若いホステスを孕ませた巨大新聞元社長、部下を使ってカネで解決?
【前回までのあらすじ】
業界最大手の大都新聞社の深井宣光は、特別背任事件をスクープ、報道協会賞を受賞したが、堕落しきった経営陣から“追い出し部屋”ならぬ“座敷牢”に左遷され、飼い殺し状態のまま定年を迎えた。今は嘱託として、日本報道協会傘下の日本ジャーナリズム研究所(ジャナ研)で平凡な日常を送っていた。そこへ匿名の封書が届いた。ジャーナリズムの危機的な現状に対し、ジャーナリストとしての再起を促す手紙だった。そして同じ封書が、もう一人の首席研究員、吉須晃人にも届いていた。吉須と4ケ月ぶりに再会した夜、ふたりが見かけたのは、社長の松野が愛人との密会現場だった。
深井宣光と吉須晃人が東京駅前の五稜ビルの1階エントランスで落ち合ったのは、月曜日の午後5時過ぎである。前週の金曜日の夜、2人が「美松」で鰻を食べた時に午後5時半と約束していたが、この日の昼間、携帯電話で連絡を取り合った時、吉須が「新しい情報がある」と言って、予定を30分ほど早めたのだ。
日曜日は暖かい1日だったが、月曜日は一転して肌寒い曇天だった。丸の内ビジネス街のビルの谷間を吹き抜ける北風が顔をさした。2人ともコートの襟を立てて歩いた。
「有楽町方面に少し歩くと、最近できたアイリッシュ・パブがある。どうせ飲むんだから、コーヒーより最初からビールのほうがいいだろう。どうだい?」
吉須が有楽町方面を指差しながら尋ねた。
「そうですね。太郎丸(嘉一)さんがご馳走してくれる店、すごくうまいらしいから、ビールのほうがいいですね。その辺にありましたっけ?」
「最近できたんだ。ほら、そこ」
吉須がガラスドアを押して店内に入り、深井も従った。薄暗い店内は奥に2人組の若い男女が立ち飲みして談笑しているだけだった。
深井が店内を見回していると、勝手知ったる吉須がカウンターで生ビールを注文、グラスを受け取ると、店の中ほどの2人用のテーブルに着き、少し背の高い丸椅子に腰かけた。
●愛人と同棲?
「立ち飲みでも、腰かけてもどっちでもいいんですね。今は空いているけど、あと2時間もすれば混むんでしょうね」
「この辺、外国人のビジネスマンが増えているから、夜の9時頃には立ち飲み客でごった返していることが多いな」
「最近、ほとんど来ないから。変わりましたね。ところで、新しい情報って?」
「この間、うちの村尾(倫郎)の賃貸マンションが俺の自宅マンションの近所だって言ったろ」
「村尾社長が二番町で、吉須さんが六番町ですね」
「ふむ。それで、この土日に散歩がてら、朝昼晩、彼のマンションの周辺を歩いたんだ」
「え、芳岡(由利菜)記者と一緒のところでも目撃したんですか?」
「いや、それはない。でも、土曜日の午後に引っ越しのトラックが止まっていて、段ボールを運び込んでいたんだ。ちらっと見ただけなんだが、段ボールに英語で『NEW YORK→TOKYO』と書かれているようだった」
「芳岡記者がニューヨークからの荷物を彼のマンションに運んだ、ということですかね」
「外国人も結構住んでいるらしいから断定はできないが、その可能性は十分にあるね」
「そうなると、村尾が神楽坂から引っ越したのもわかります。神楽坂では杉田(玲子)さんと逢瀬を楽しんでいたんですから…。同じマンションというのはね」
「そう、点がつながる。でも、杉田さんとの関係はどうなったのか、これがわからない」
吉須は背広のポケットからタバコを取り出し、火をつけた。
「新しい情報はそれだけだ。君のほうには何もないのか?」
振られた深井もタバコを口にくわえ、ライターを取り出した。そして、一服して答えた。
「何もないわけじゃないんですが、空振りでしたね…」
「空振りでもいいじゃないか。なんだよ」
「先週の金曜日、『美松』で2人で飲んだでしょ。吉須さんは水天宮通りに出ると、さっさとタクシー拾って帰っちゃったじゃないですか。その後のことです」
「どこかに行ったのか?」
「まだ、午後7時半前だったでしょ。それで、堀留町の繊維関係の会社にいる友人に電話してみたんです。ちょうど帰るところだというので、リバーサイドホテルのバーで待ち合わせて飲んだんです」
「25階のスカイラウンジか」
「そうです。でも、何も起きませんでした。9時過ぎまでいたんですけどね」
「そりゃ、残念だったな」
●不審な黒っぽい車が…
「土曜日に接待ゴルフでもあれば、うちの松野(弥介)が泊まっているんじゃないか、と思ったんです。そうしたら彼女も、と淡い期待もありました」
「でも、午後9時頃帰ったんじゃ、来なかったとは断定できないぜ。先週の月曜日は午後9時半頃だったろ。もう少し待てばよかったのに」
「まあ、五十歩百歩ですよ。ただ、入った時も出た時もホテルの玄関から少し離れたところに濃紺のバンが止まっていたんです。ちょっと気になりました」
吉須はタバコを灰皿に押し付け、グラスを取り上げ、眼を宙に泳がせた。
「…そう言われれば、村尾の賃貸マンションの出入り口の近くにも黒塗りのワンボックスカーが止まっていた…」
「土曜日も日曜日も、ですか?」
「…金曜日の夜もいたような気がするz」
「2人が女と一緒になりそうなところに、不審な車が止まっているというのは変ですね」
「今、そんなこと言っても後の祭りだぜ。それに、たまたまということもあるからな」