食品農薬混入事件に透ける、フードディフェンスの限界と、新聞の読者離れの理由
●フードディフェンス強化の弊害
会社側は「給与は周辺地域の同種産業と比較して平均的な水準」と強調、容疑者についても「給与面や仕事面で特別大きな不満があったとは聞いていない」「勤務態度もまじめで仕事ができ、新入社員の面倒もみている」とし、半年ごとに行う契約更新の時期に当たる3月以降も雇い続ける予定だったという。「事件の動機は待遇への不満ではない」と述べるなど、火消しに躍起になっている様子がうかがえる。
群馬工場の従業員約300人のうち、契約社員は約200人。会社側は「頑張って職責を果たせば正社員になれる」と説明するが、役職手当も付く「職場リーダー」や「班長」になることが大前提で、正社員になれるのは年間わずか3人程度らしい。阿部容疑者はそうしたポストには就いていなかった。
「損して得取れ」「一文惜しみの百失い」ということわざがある。今回の事件でアクリフーズは、製品回収による損失を35億円見込んでいるといい、マルハニチロも1月25日、14年3月期の連結純利益の予想を従来の70億円から45億円に下方修正、一転、減益(前期比17%減)になる見通しと発表した。
フードディフェンスはあまり強化しすぎると、会社に対する従業員の“もう一つの不信感”を醸成する恐れがある。やはり、従業員の能力を十分に引き出して良い仕事をさせるには、経営者は従業員の不満を極力なくす努力をすることが王道なのだ。
いずれにせよ、事件は長引くデフレが日本の企業社会の根幹を蝕んでいる象徴的な出来事と捉えることができる。仮に安倍晋三政権の掲げるアベノミクスが成功しても、一朝一夕に労使の信頼関係を元に戻せるはずもないのが現実だ。
折しも、今春闘が2月5日の経団連と連合のトップ会談でスタートした。時に乗じて新聞各紙がこぞって「人件費のカットに汲々とし続ける経営者たちは、『一文惜しみの百失い』のことわざの意味をかみしめ、交渉に臨むべきだ」などと論陣を張ってもおかしくない。
しかし、新聞各紙は事件を事実として淡々と伝えはするが、日本の企業社会の変質を踏まえた視点からは論じない。もちろん、大新聞が正社員と契約社員や地方と都市の賃金格差、そして、雇用形態や労使関係などの問題を取り上げていないというつもりはない。国の政策という抽象的なテーマとしては論じているからだ。
しかし、抽象的に論じても、読者の心には響かない。ネット時代の今、多くの人たちが関心を持つ、具体的な事件を前提として企業を批判する論を展開すると、想定もできない批判を受ける怖れがある。それを避けたいのだろうが、「事件は絶対に許されない行為」「犯人に情状酌量の余地はまったくない」などと、自らの立場を明示した上で論じればいいことであるのに、それすらしない。ジャーナリズムとしての使命を果たしているとはいえず、新聞から読者が離れていく傾向が加速しても当然ではないだろうか。
(文=大塚将司/作家・経済評論家)
●大塚将司(おおつかしょうじ) 作家・経済評論家。著書に『流転の果て‐ニッポン金融盛衰記85→98』上下2巻など