複数の愛人を持つ巨大新聞社社長、スキャンダルを暴露して追放できるか?
【前回までのあらすじ】
業界最大手の大都新聞社の深井宣光は、特別背任事件をスクープ、報道協会賞を受賞したが、堕落しきった経営陣から“追い出し部屋”ならぬ“座敷牢”に左遷され、飼い殺し状態のまま定年を迎えた。今は嘱託として、日本報道協会傘下の日本ジャーナリズム研究所(ジャナ研)で平凡な日常を送っていた。そこへ匿名の封書が届いた。ジャーナリズムの危機的な現状に対し、ジャーナリストとしての再起を促す手紙だった。そして同じ封書が、もう一人の首席研究員、吉須晃人にも届いていた。その直後、新聞業界のドン太郎丸嘉一から2人は呼び出され、大都、日亜両新聞社の社長を追放する算段を打ち明けられる。しかし、その計画を実行に移す直前に東日本大震災が起こった。震災から2カ月を経て、太郎丸が計画再開に向けて動き出した。
「わかっちょる。それはこれから話しよるつもりじゃ」
むっとした顔つきになった太郎丸嘉一が続けた。
「5月30日発売の写真週刊誌『深層キャッチ』での“スクープ”が決まっちょる。東亜文芸社の野尻(安信・2代目オーナー=のじりやすのぶ)君と話がついちょる。場合によっては『週刊真相』でフォローしよることもじゃな。じゃから、両誌の編集長と記者がここにきよる」
「『深層キャッチ』は月曜日発売でしたね。6月7日発売では遅いということですか」
深井宣光が太郎丸に質した。
「そういうことじゃ。6月末の大都と日亜の定時株主総会の招集通知を出す時期を考えよると、表沙汰にするのは5月30日発売号に載せるのがぎりぎりのタイミングじゃ」
「その話は3月7日に御馳走になった時に聞きましたよ。その直後に大地震があったのに、計画を変更せずにやろうというんですか。今や、大都や日亜のトップのスキャンダルなんてだれも関心ありませんよ。無駄じゃないですか」
深井と太郎丸のやり取りを聞いていた吉須晃人が疑問を呈した。そして、お茶を一口啜ると、たばこに火をつけ、笑いながら続けた。
「それに、大体、いい写真は撮れているんですか。会長、まさか、あの大地震の後もずっと探偵を使ってうちの村尾(倫郎)と大都の松野(弥介)さんを追いかけていたわけじゃないでしょ」
「馬鹿者! 大地震のあった3月11日で中止しよったぞ。そんなこともわからんのか!」
神経を逆なでするような吉須の言いぶりに太郎丸は目をむき、卓袱台に両手をつき、大声を上げた。しかし、そんなことで、吉須は怯むような男ではない。
「ちょっと、言い方が悪かったかもしれませんけど、僕だって中止したって思っていましたよ。でも、それじゃあ、まだ決定的な証拠写真はないということじゃないですか。それだと、言い逃れられちゃう可能性が強いですけど、どう思われますか」
吉須は少しばかり言い回しに気を付けたが、太郎丸がまたカリカリしそうな本質をつく質問をした。しかし、太郎丸は今度は怒りをあらわにすることはなかった。決定的な写真がないことは否定しようのない事実だったからだ。
「お主、わしはな、今ある写真でも追放できよると思っちょる。じゃから、動くんじゃ。でもな、お主の言うように、決定的な写真がありゃ、それに越したことはないわな。まだ2週間あるんじゃぞ。昨日から探偵が追い掛けちょるから、希望はあるんじゃ」
「え、もう探偵を使っているんですか。実は、会長、昨日の夜、吉須さんとリバーサイドホテルで鉄板焼きを食べたんですけど、ホテルの玄関付近に濃紺のバンは止まっていなかったような気がするんですけど。ねえ、吉須さん」
突然、深井が嘴を挟んで、隣の吉須をみた。
「それに、四ツ谷に帰宅する時、手前でタクシーを降りて、村尾の二番町の賃貸マンションの前を通ったけど、そこでも黒塗りのワンボックスカーを見掛けなかった」
吉須はそう答えると、太郎丸を窺うようにみた。
「お主ら、何もわかっちょらんな。今度はな、ホテルやマンションを四六時中張るようなことはやっちょらん。出入りの写真はもう撮っちょるからな。今は松野と村尾の社用車を追いかけさせちょるんじゃ。居らんで当たり前じゃ」
「それは会長、駄目です。ノー天気な松野さんはいいですけど、うちの村尾は無駄ですよ。猜疑心が強すぎて、社用車には滅多に乗らないという話だから」
「そんなことはわしも知っちょる。日亜社内の情報を集めさせよったら、村尾君も夕刻に社を出よる時は社用車に乗っちょることが多いらしいんじゃ」