複数の愛人を持つ巨大新聞社社長、スキャンダルを暴露して追放できるか?
太郎丸は『一本取ったぞ』という顔つきで続けた。
「お主は“座敷牢”じゃからな。社内の情報に疎いんじゃのう。大体、村尾君は相手の女が記者(芳岡由利菜)じゃから、平日の昼間や夜の早い時間に一緒になりよることは出来んじゃろう。ツーショットの写真を狙いよる以上、土日か早朝か深夜だけじゃ、お主はそう思っちょるんじゃろう?」
「会長。だから、社用車を追いかけたって無駄だ、と言っているんじゃないですか。それにですよ、大地震からまだ2カ月ですよ。いくら、“ジャーナリスト”という印籠を振りかざすだけの堕落しきった連中だって、自重しているんじゃないですか」
吉須がむっとした表情で、反論した。
「そんなことはわかっちょる。松野はともかく、お主、村尾はな、二股かけちょるらしいんじゃ。愛人はもう一人おる。そっちは普通の男と女が会いよる時間帯にどこかにしけこみよるはずなんじゃ。お主ら、知らんじゃろ」
太郎丸は高笑いした。
×××
「会長、申し訳ありませんが、その『もう一人』って杉田(玲子)さんのことですよね。大地震の前、僕らを呼び出す時、手の込んだやり方をしたでしょ。彼女を警戒しているんだな、と思いました。だから、多分、村尾との関係を気付いているんだろうなと…」
深井が遜(へりくだ)った調子で容喙(ようかい)すると、太郎丸は驚きのあまりのけぞって一瞬言葉を失った。
「お主ら、秘書の杉田君も愛人じゃって知っちょるのか。誰に聞きよったんじゃ?」
「会長、多分、ジャナ研の女性職員で年増の女どもはみな知っています。村尾は若い時にジャナ研に出向していて、その頃、頻繁にあったジャナ研の女性職員と大手新聞の若手記者の合コンの常連で、彼女と深い関係になったんですよ。30年以上前ですけど、それが今も続いているらしいんですね」
「ふむ。そうなんじゃ。じゃから、そっちの写真も撮りよるのを狙っちょるんじゃ。もし、そっちも撮りよれば、“二股不倫”って、もっとセンセーショナルになるじゃろ。それにしても、お主ら、どうして知ってちょるんじゃ」
「年増の職員はみな知っていると言ったでしょ。それでわかりませんか」
「ふむ。資料室の受付に居ったな、一人。彼女か、ネタ元は。小太りの女じゃな」
「まあ、これ以上、話せませんよ。だって、取材源は秘匿する必要がありますから。ねえ、吉須さん、そうですよね」
深井の問いかけに、吉須が嬉しそうに頷き、引き継いだ。
「大体、会長は誰に聞いたんですか。まさか、舞ちゃん(開高美舞)じゃないでしょ」
「ふむ。『舞ちゃん』?」
「『舞ちゃん』というのは資料室の受付の年増の職員ですよ」
「そうか。わしは彼女と話しよったこともないわな」
「じゃあ、会長は誰に聞いたんですか」
「…4月から、変な奴が資料室に行っちょるじゃろ。奴じゃ」
意外な太郎丸の発言に、深井が仰天し、怒りをあらわにした。
「え、鼻つまみ者の伊苅(直丈)ですか。会長はあんな奴まで使っているんですか」
「まあ、お主、もう少しわしの話を聞け。あいつをジャナ研で受け入れよる時にいろいろあったんじゃ。怒るなら、それを聞いちょってからにしろや」
太郎丸が伊苅を受け入れた経緯の説明を始めようとしたとき、部屋の格子戸が開いた。
「お食事が届きましたけど、どうされますか」
部屋の外から、若女将が声をかけた。
「飯を食いながらにしよるか」
太郎丸が答えると、若女将が部屋に入り、卓袱台の上に幕の内弁当を並べた。すぐに、格子戸のところに戻り、お吸い物の椀を弁当の脇に置くと「お茶はスーさんたちにお願いしますよ」と言って部屋を出た。
(文=大塚将司/作家・経済評論家)