いずまい正した村尾は畏まった調子で答え始めた。松野と親しい富島は隣で笑いをかみ殺した表情をみせ、歯の浮くような村尾の話を聞いていたが、突然、手で村尾の発言を制し、口を開いた。
「村尾君。そんな言わずもがななことを言うことはないぞ。大先輩のアドバイスじゃないか。『はい、わかりました』と答えるだけでいいんだ。お前もわかっていない奴じゃな」
富島は烏山と松野を交々見つめて、続けた。
「それにしても、相談役の“慧眼”、恐れ入りました。さすが“業界のドン”と喧伝されていることはありますね。大事なのは我々の結束、そして、内部管理の徹底です。勝つはずの裁判もそれに綻びが出れば、どんでん返しが起きないとも限りません。そこで、提案です。今後は経営統合を巡る話について、節目節目で相談役と私が相談に乗ることにしてはどうでしょうか。ここは一致結束して国民新聞の太郎丸相談役の鼻を明かしてやりましょう」
「富島君、いいこと言いおるわ。さすが年の功じゃ。そうしようや。わしらが睨みをきかせりゃ、心配はいらんじゃろ。わかったな」
喜色満面の烏山が座を見回して全員が頷くのを確認し、「よし。メシにしよう」と締めくくった。
(文=大塚将司/作家・経済評論家)
【ご参考:第1部のあらすじ】業界第1位の大都新聞社は、ネット化を推進したことがあだとなり、紙媒体の発行部数が激減し、部数トップの座から滑り落ちかねない状況に陥った。そこで同社社長の松野弥介は、日頃から何かと世話をしている業界第3位の日亜新聞社社長・村尾倫郎に合併を持ちかけ、基本合意した。二人は両社の取締役編集局長、北川常夫(大都)、小山成雄(日亜)に詳細を詰めさせ、発表する段取りを決めた。1年後には断トツの部数トップの巨大新聞社が誕生するのは間違いないところになったわけだが、唯一の気がかり材料は“業界のドン”、太郎丸嘉一が君臨する業界第2位の国民新聞社の反撃だった。合併を目論む大都、日亜両社はジャーナリズムとは無縁な、堕落しきった連中が経営も編集も牛耳っており、御多分に洩れず、松野、村尾、北川、小山の4人ともスキャンダルを抱え、脛に傷持つ身だった。その秘密に一抹の不安があった。
※本文はフィクションです。実在する人物名、社名とは一切関係ありません。
※次回は、来週5月23日(金)掲載予定です。