かつては日本人の貴重なタンパク源として給食や家庭の食卓に上っていた鯨肉だが、いまや一般にはその口に入ることはあまりない。
国際司法裁判所は3月31日、南極海における日本の第二期調査捕鯨を国際捕鯨取締条約に違反すると認定。以降、同海域での日本の捕鯨は困難になる。9月15日から18日までスロベニアで開かれた第65回国際捕鯨委員会でも、オーストラリアやニュージーランドなど反捕鯨国の態度は始終強硬で、日本の立場は非常に厳しいものになった。
そして今、マグロがその二の舞いになる恐れが生じている。9月1日から4日まで福岡市内で開かれたWCPFC北小委員会では太平洋クロマグロについて、
(1)歴史的最低水準付近にある親魚資源量(約2.6万トン)を2015年から10年間で歴史的中間値(約4.3万トン)まで回復させる
(2)30キログラム未満の未成魚の漁獲量を02~04年平均水準から半減させる
ことなどが決められたからだ。同海域で捕獲されるクロマグロのうち、日本の捕獲分は8割以上を占めており、その影響は極めて大きい。
これに先立ち水産庁は8月26日、都内で「太平洋クロマグロの資源・養殖管理に関する全国会議」を開き、沿岸漁業等について全国を6ブロックに分けて管理することを決定した。内容はブロックごとに漁獲量を割り当て、上限の7割に達すれば「注意報」、8割で「警報」、9割で「特別警報」、9割5分で「操業自粛要請」を出すというもので、地元のマグロ漁業従事者にとって極めて厳しいものになっている。
クロマグロは庶民の口には入らないものになりつつあるのか。
楽観的な意見もある。マグロは資源回復力が強く、およそ3年で成魚になり産卵できる。要するに「3年間マグロを食べるのを我慢すれば、資源は回復する」という見方だ。
一方で別の見方もある。今年6月、南太平洋の島嶼国8カ国で構成されるナウル協定加盟国は沿岸水域での入漁料を、15年から1日1万ドルに引き上げる方針を発表した。同海域はカツオやカジキマグロの漁場で知られるが、入漁料は13年には5000ドルだったものが、翌14年には6000ドルに上げられた。15年の入漁料は結局8000ドルに落ち着いたが、突然の大幅値上げの背景にいったい何があるのか。
中国による漁船襲撃事件も
「それは中国の漁船だ。中国の漁船は中国政府の補助金があるため、カネにものをいわせて入漁料をつり上げている」
国内の漁業関係者はこう述べる。実際に近年の中国は、経済発展とともに高級魚に対する嗜好が高まっている。昨年1月の初セリでは香港資本のすしチェーン店が「すしざんまい」を展開する喜代村と争った結果、クロマグロ1匹の価格が1億5540万円まで上昇したことがある。また今年1月にはパラセル諸島近海で、中国の監視船がベトナムの漁船を襲い、機材のほかにマグロなど5トンの魚を持ち去る事件も勃発している。
そもそも中国は沿海部の「先進地域」だけで1億以上の人が住む。巨大な人口を養うために、海洋は石油などの資源の供給地であるとともに、貴重なタンパク源の補給地なのだ。
にもかかわらず中国は、漁獲量を公表しようとしない。WCPFCに参加し、データ提出の要請があるにもかかわらず、それを無視しているというのだ。それでは他の国がいくら管理しても、ざるで水をすくうようなもの。中国が資源を獲り尽くさないかという懸念がある。一方で、近年の日本のカツオ・マグロ漁業の経営は苦しいものになっている。長らく世界首位にあったその地位も、最近ではインドネシアに奪われた。
そこで今年7月、自民党の「まぐろ・かつお漁業推進議員連盟」は決議書を作成。漁業経営の安定のための施策とともに、資源管理に違反したマグロの輸入防止策などを要請している。
近年では養殖もできるようになりつつあるマグロだが、大洋を回遊した天然マグロの味は格別だ。日本の食文化でもあるマグロの味が途絶えないように、最善の策が講じられることが望まれる。
(文=安積明子/ジャーナリスト)