よって、賃貸借契約が終了しておらず、礼金を返すなどの特別の合意がないと考えられる本件では、賃借人であるAさんは賃貸人の代わりに敷金・礼金を受領した管理会社からそれらの返還を受けることができないと考えられます」(渡部氏)
2015年3月31日に国会に提出された民法改正案において、敷金は「いかなる名目によるかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭」(民法第622条の2)と定義されている。つまり、あくまで貸し手側の“担保金”なのである。
一方の礼金は制度の明文化こそされていないものの、「家を貸してくれる大家さんに挨拶の気持ちで謝礼しよう」といった文化的側面が色濃い。主に関東の風習であり、関西では「敷引き」という別のかたちで根付いている。
泣き寝入りの必要はない
では、Aさんは泣き寝入りするしかないのであろうか。
「敷金・礼金の返還を受けられないからといって、Aさんがなんの手段も講じられないというわけではありません。賃貸借契約において、目的物の一部が使用できない場合または使用に支障がある場合には、その割合に応じて、賃借人は賃料の減額を請求することができます。
本件では季節が冬であり、満足な生活を送るためにはエアコンを稼動させる必要がありました。しかし、エアコンからは異常な音が発生し、また、設定温度を高くしたり風量を強くしたりすると異常な音がより強くなり、周囲の住民に騒音で迷惑をかけてしまう状態でした。加えて通常の状態でも、Aさんに精神的ダメージが生じるほどの音が発生していました。
そのため設定温度を高くしたり、風量を強くしたりしてエアコンを使用することはできないと考えられます。その結果、季節は冬であることから、Aさんは常時低い室温で生活する必要がありました。
この状況を客観的に判断すると、エアコンの使用に支障が出ていたことは、目的物の一部の使用に支障がある場合であったといえます。よって、Aさんは賃貸人に対して賃料の減額を請求できると考えられます。
また、賃貸人が管理会社に対してエアコンの管理を委託していたのであれば、Aさんは管理会社に対して、管理義務の債務不履行として損害賠償を請求することもできます」(同)