ところが今回、「武蔵小山」駅前のタワーマンションで「日本一、感じのいいタワマンへ。」というキャッチコピーが登場した。私は正直、少しほっとした。「感じのいいタワマン」を主張しているということは、その背景には「感じの悪い」タワマンが多数あって、自分たちのタワマンが独自性のある「感じのいい」で価値があると言いたいのだと解釈できる。少なくとも、このキャッチコピーを考案したコピーライターにはそういう発想があったのだろうし、提案した広告代理店やこの案を採用したデベロッパーの担当者にもそういう感覚が理解でき、受け入れる土壌があったと解釈できる。
すなわち、タワーマンションを「醜悪だ」と考えていた私は、日本の中のたったひとりのチャールズ皇太子ではなかったということだ。
マンションは日本人を幸せにするか
「バカと煙は高いところにのぼりたがる」
かつて、日本人は高いところにのぼりたがる人を、そういうふうに揶揄した。今はそんな風潮は微塵もない。東京にスカイツリーができたと言ってはのぼってみる。大阪にあべのハルカスが完成したといってはいそいそと出かける。
ほとんどの日本人は、ほんの60年ほど前まで紙と木と土でつくられた家に住んでいた。ところが、今の日本人は半分とまではいかないまでも、約数千万人がマンションと呼ばれる鉄筋コンクリート造の住宅形式に住んでいる。マンションは日本人の暮らしを変えてしまった。さらにいえば、人生に対する価値観までをも変えてしまった。
マンションは、日本人を都会に住ませた。
マンションは、日本人にマイホームを持たせた。
マンションは、日本人の核家族化を進めた。
マンションは、日本人を少子化に導いた。
マンションは、日本人の資産となり、負債となった。
マンションは、日本人に区分所有という概念を植え付けた。
マンションは、日本人に管理組合という強制加入組織を作らせた。
マンションは、日本人に高気密・高断熱な住まいを提供した。
マンションは、日本人にエアコン使用を定着させた。
マンションは、日本人に高層生活を定着させた。
以上は、最近刊行された拙著『マンションは日本人を幸せにするか』(集英社新書)のなかで語った、マンションが日本人にもたらした変化の列挙である。日本人はマンションに住むことで大きく変わった。しかし、ほとんどの人がそのことに気づいていない。さらに言えば、タワーマンションに住むことがステイタスであると無邪気に考えている人が多数派である。
そういった日本人とマンションの関係について、私なりの「そもそも論」から論考を進めたのが拙著である。ご興味を持たれたら、ぜひご一読いただきたい。
(文=榊淳司/榊マンション市場研究所主宰、住宅ジャーナリスト)
『マンションは日本人を幸せにするか』 「管理利権」を貪るモンスター理事長、10年で半額になる郊外新築物件、高層階をありがたがる国民性と健康問題、「サラリーマン大家」の成功率は1割未満?…“不都合な真実”には誰も気がつかない。そもそも日本人はなぜマンションに住み始めたのか、分譲マンションの区分所有という権利形態に潜むリスク、など誰も気付かなかった「そもそも論」から、業界の儲けのカラクリ、さらには未来のマンションの風景まで、この道三〇年の住宅ジャーナリストが、住まう人たちを幸せに導くマンションのあり方を探る。