――「いつも自分を大きく見せたがる人」には、そのうち自分はひとかどの人物であると思い込んでしまう傾向がありますね。
渋谷 それを心理学では自己成就予言といいます。自分ができると思い込んだり、周囲からできると言われることで、自然に身についていくという良い意味で使われる概念です。会社の社長の場合、就任したての頃はパッとしなくても、自分にはこれができると思ったり、周囲から期待されて意識的に振舞っているうちに、発言や振舞い方に重みが出てくることがあります。
自分は良いものを持っていると思っている人と、自分はダメだと思っている人とでは行動が変わってしまうのです。役割行動といいますが、本当にその役割に沿った行動をしていると、役割に合ったパーソナリティーが身についていくのです。
――自己成就予言については「なりたい自分になる」というようなテーマで、山のように書籍が出版され、研修やセミナーもたくさん開かれています。実際、効果はあるのですか。
渋谷 その点については、だいぶ前から問題が指摘されています。たとえば職場の1人が研修に行って、成果を身につけて職場に戻っても、周りの人たちが変わっていないので職場では効果が出ないのです。職場で不適応を起こしてしまうこともあります。グループダイナミクスといいますが、集団全体が変わらないと研修の意味はありません。このことが誤解されています。
――ポジティブシンキングに関するセミナーなどを受けても、1~2週間たつと元に戻ってしまい、成果が持続しないことも多いのではないでしょうか。
渋谷 研修にはトレーナーがいますからね。職場では上司などがトレーナーにならないと元に戻ってしまうでしょう。それに研修では一般的なテーマを取り上げますが、職場では解決すべきテーマがどんどん変わっていきます。筋トレと同じように、衰えないように社内で定期的に勉強会を開くなどして、フォローアップを行う必要があります。
ハロー効果
――ところで、ビジネス界では政治家、芸能人、スポーツ選手などの有名人を広告塔に使うことが昔から行われています。怪しげな商法でないのに有名人を使う例もありますが、有名人を使うことで、かえって胡散臭いという疑念を持たれることはないのでしょうか。
渋谷 有名人の起用はハロー効果を狙っているのです。消費者が自分で意思決定できないことについて、有名人が信頼のおける人として「ハロー」の役割を担っているわけです。これは、自分で判断できないことについて多くの人が肯定した意見に従うというソーシャルリアリティ(社会的真実性)にも似た心理です。
――なぜ人は、有名人に信用があると思ってしまうのでしょうか。
渋谷 アメリカで行われたハロー効果の研究で、美人は人間性も優れているとか、有名人は能力が高く人格者であるという説があるのです。これはものすごい偏見ですが、有名人の起用については、栄光浴という有名人の栄光に浴したい心理がベースになっています。一方、有名人といっしょに撮った写真を「どうだ!」と人に見せるのは、ハロー効果を狙った行為です。
こうした行為は、多かれ少なかれ誰もがやっています。TPOをわきまえて、しかも悪用しなければよいのです。
――本日はありがとうございました。
(文=編集部)