指揮者ほど最高の職業はない!オーケストラ楽員との丁々発止の後の演奏は病みつき
クラシック音楽が好きという人は多いと思うが、音楽家がどのような生活を送っているのか、オーケストラがどのように運営されているのかなどについては、意外に知られていない。音楽が文化として深く生活に根付いているヨーロッパと違い、日本では音楽家は一般人の身近な存在として認知されていない感すらある。
本連載では、ヨーロッパを中心に世界各地のオーケストラを指揮してきた篠﨑靖男氏が、知られざる音楽の世界を紹介する。
僕の職業は指揮者です。「男に生まれたからには、船長か指揮者をやってみたい」という言葉がありますが、僕は男に生まれたから指揮者になったわけではありません。むしろ、昨今は優秀な女性指揮者も多いです。僕はただ音楽とオーケストラが好きで、それを自分が指揮してみたいという簡単な気持ちから始まったのでした。
音楽大学で指揮の勉強をしている真っ最中は、うまくなりさえすればプロの指揮者になれるとばかり思っていましたが、卒業してから指揮者になるには、それはそれは簡単な話ではありませんでした。僕は運よく指揮者となり、日本、アメリカ、ヨーロッパと、いろいろな所で活動してきました。指揮者になったおかげで、多くの国の人たちと出会い、それぞれの国を見つめることもできました。そんなことも含めて、これから皆さんにお話をしていこうと思っています。
今回は、指揮者の一日についてお話しします。
指揮者の一日は、何から始まるのか--。これはずばり、“朝起きる”ことです。「そんなことは当たり前じゃないか」とおっしゃる皆さんの声が聞こえる気がします。しかし、1分でも早く起きて、数時間後に始まるリハーサルに向け、楽譜のチェックをする必要があるのです。とはいえ、そのコンサートのために、ずいぶん前から楽譜を必死で勉強し、作曲家のスタイルを研究し、時には作曲家が住んでいた街を訪ねたりして、曲に対する理解を深める努力を重ねてきているわけで、「今さら、何を焦っているのか?」と自分でも情けなくなりますが、これは仕方ないとあきらめています。
数時間後には現場に向かい、プロ中のプロであるオーケストラ楽員と対峙しなくてはいけないと思うと、落ち着いてお茶なんか飲んでいられません。僕にとっては初めて指揮をする曲であっても、相手はこれまで何十回も、しかもその曲を大得意にしている指揮者と共演を重ねている場合もあります。どちらにしても、楽員一人ひとり、たくさんの演奏会をこなしてきた猛者たちに、“僕の音楽”を納得してもらい、弾いてもらわなくてはなりません。