「先輩、また作業着を洗濯しているのですか」
「しょうがないだろう。家に工場の作業着を持って帰るわけにはいかないだろう」
「そうですよね。先輩、新婚だし」
私が働いていた食品工場で、新婚の先輩は独身寮の洗濯機を使用して、いつも工場で着用する作業着を洗濯していました。新婚の奥さんに家の洗濯機で、工場で使用する作業着を洗濯させるのは抵抗があったみたいです。
食品工場で使用する作業着は、惣菜工場や弁当工場でも、家庭に持ち帰り、下着などと同じ洗濯機で洗濯している工場が多いのが実態です。
家庭で洗濯するときには、風呂の残り湯は使用せず作業着だけで洗濯し、ノロウイルスに効果のある塩素系の漂白剤を使用し、柔軟剤などの香りのするものを使用せずに、外に干さず、たたむ際には風呂敷などを使用して異物が付かないようにするといった、食品を汚染しないための洗濯方法について指導を行っていない工場がほとんどです。
HACCPの土台であるはず
今年6月13日、15年ぶりとなる食品衛生法の改正が行われました。公布された改正食品衛生法では、原則としてすべての事業者が、食品衛生上の危害の発生を防止するために、特に重要な工程を管理するために「HACCPに基づく衛生管理」について計画を定めなければならないこととされました。
ただし、飲食業などの一定の事業者については、その取り扱う食品の特性等に応じた「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理」でよいとされています。
特に、「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理」については、業界団体が作成した業種ごとの「手引書」に基づいて実施すればよいとされています。
一般的な飲食店では、生肉などを調理する際、十分に加熱した上、お客に提供するまでの時間を短くすれば、食材由来の食中毒は発生しません。しかし、提供する人の手指の管理が悪ければ、食中毒の発生の可能性があります。ケガをしたままの手指で調理などを行ってはならないのです。
「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理」は、常識的な「一般的衛生管理」の土台の上で成り立っています。「一般的衛生管理」は、従業員は下痢をしていない、熱がない、怪我をしていない等と、従業員が食品を取り扱う際に清潔な服を着用しているかを確認する、などと指導されています。
しかし、「清潔な服」の具体的な内容が、「手引き書」などに決められていないのです。生肉を加工販売するような業種であれば、作業着からの細菌汚染を考える必要はないのかもしれませんが、弁当、惣菜、刺身などを製造、販売、提供する業態では、作業着から細菌汚染する可能性や、家庭で洗濯してたたんだときに付着する猫・犬などの毛、柔軟剤などのにおいで食材を汚染する可能性があります。
作業着の保管状態も改善が必要です。ほとんどの食品工場では、通勤時に着ていた服と、作業着が同じロッカーに保管されます。飲食店では、ロッカーすらない厨房も多いのです。
厨房で働く方が、白衣のままたばこを吸いに外に出て、たばこを吸いながら、犬の頭をなでている光景などはよく見かけます。
食中毒や異物混入などを防ぐための作業着は、「一般的衛生管理」の基本中の基本です。「清潔な服」について、より具体的に取り決める必要があると私は考えます。
食品を取り扱う責任者が常識として知り、具体策を考えておくべきことですが、保健所の指導などがなければなかなか改善されないのが実情です。
「作業着は自宅に持ち帰らない」「作業着と通勤時の服を入れるロッカーを別にする」……。これらの当たり前の管理を、HACCP導入の前に考えるべきです。
(文=河岸宏和/食品安全教育研究所代表)