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法社会学者・河合幹雄の「法“痴”国家ニッポン」第15回

「恩赦こそが理想の刑罰である」実は日々運用されている「個別恩赦」の有効性と厳罰化

法社会学者・河合幹雄
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 2019年10月22日に執り行われた天皇の「即位礼正殿の儀」に合わせ、政府が実施した「恩赦」。世論調査では国民の半数以上が実施に反対しており、ネットなどでも「天皇の代替わりにかこつけて行われる時代にそぐわない不公平な制度で、実効性にも乏しい」といった批判が噴出しています。

 そういう状況を受けて【前回】の記事では、そもそも恩赦というものが法制度としてどう定義され、現代社会においてどのような存在意義を有しているかを解説しました。

 現在の刑事司法は、すべての犯罪を明らかにして公平な刑罰を下し得るシステムとして設計・運用されている。ところが現実問題としては、冤罪などそのシステムからこぼれ落ちるケースは必ず出てきてしまう。恩赦とはそれらをすくい上げ、いわば“救済”するために必要なシステムである、と述べました。

 問題は、恩赦には「政令恩赦」と「個別恩赦」の2種類があるということが周知されておらず、本来なら10月に実施された「政令恩赦」のみを対象としてなされるべき批判が、制度全体に向けられてしまっていることです。

 そこで今回は、「政令恩赦」と「個別恩赦」とはどんな制度であるかを解説した上で、それぞれの有効性や実施の妥当性などについて考察したいと思います。

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2019年10月18日、政令恩赦実施の閣議決定について発表する河井克行法務大臣。(写真:毎日新聞社/アフロ)

【前編】はこちら

「個別恩赦」にこそ存在意義がある

 2016年8月に現上皇が生前退位の意向を表明し、恩赦の実施が現実味を帯びて以降、メディアではこの制度について、次のような説明が繰り返しなされてきました。

・国家の慶弔事に際し、裁判で確定した刑罰を行政権によって消滅・軽減させる、恩赦法で定められた制度である。

・現行憲法下では、1947年の日本国憲法公布の際に4750人に対して実施されたのを最初として、1972年の沖縄返還、1989年の昭和天皇大喪の礼の際など、計10回実施された。

・最後に行われたのは1993年の皇太子徳仁親王(当時)の結婚の儀のときで、今回は26年ぶりの実施となる。

 しかし、実はこれだけでは、恩赦という制度のごく一部を説明したことにしかなりません。なぜならこれらはすべて、2019年10月に実施された「政令恩赦」についての説明であって、恩赦制度にはそれとは別に、「個別恩赦」というものが存在するからです。そして、後ほど詳しく解説しますが、メディアであまり触れられてこなかったこの「個別恩赦」こそが、恩赦制度全体の中で、現代においても十分な存在意義と実効性が認められる部分なのです。

 国民の多くは、その事実を知らされることなく、メディアの偏った報道を通じて、「恩赦=国の慶弔事に行われる政令恩赦」と誤って認識してしまっている。そして、政令恩赦に対してなすべき批判を、意図せずに恩赦制度全体へ向け、安直にその運用停止や廃止を求めてしまっているわけです。

河合幹雄

河合幹雄

1960年生まれ。桐蔭横浜大学法学部教授(法社会学)。京都大学大学院法学研究科博士課程修了。社会学の理論を柱に、比較法学的な実証研究、理論的考察を行う。著作に、『日本の殺人』(ちくま新書、2009年)や、「治安悪化」が誤りであることを指摘して話題となった『安全神話崩壊のパラドックス』(岩波書店、2004年)などがある。

Twitter:@gandalfMikio

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