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実験で判明、最強の戦略は「しっぺ返し戦略」…守るべき4つの教訓

文=山崎将志/ビジネスコンサルタント
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「Getty Images」より

 仕事においては長期的な協力関係がとても重要です。しかし、現実には信頼できるかどうか不安な相手がいたり、ちょくちょく裏切ってくる相手がいたりで、自分がどう対応すべきか悩むことがあります。あるいは自分がちょっとインチキをすることで利益が増えることが明確な状況で、良心の呵責にさいなまれることもあります。

 長期的な協力関係を築くにはどう行動するのがベストなのでしょうか。それを検討していくにあたって、まずは「囚人のジレンマ」と呼ばれるゲーム理論のお話から始めることにします。

 ゲーム理論とは、自然界や社会の中など、複数の関係者がいるところで、それぞれが行うべきベストな意思決定のあり方を、数学的なモデルを用いて研究する学問です。囚人のジレンマでは、まず次のような状況を想定します。共謀して犯罪を行ったと思われる2人の囚人がいます。彼らを自白させるために、検事はその2人を別々の部屋に隔離してお互いにコミュニケーションが取れないようにしてから、こんな取引を持ち掛けます。

「もし、あなただけが罪を認めたら、あなたはすぐに釈放しよう。もう1人が黙秘していたら、そいつは懲役10年になる。しかし、2人とも罪を認めたら、2人とも懲役5年。一方、2人とも黙秘したらそれぞれ懲役2年だ」

 このとき、2人の囚人はそれぞれ黙秘すべきか、それとも自白すべきかという問題です。

 2人がお互いを完全に信頼できるとわかっていれば、答えは簡単です。相手を信じて黙秘すれば、2人とも2年の刑で済みます。しかし本当に仲間は信頼できるのだろうか、検事になだめすかされて口を割るのではないか、という恐怖心が頭をもたげてきたらどうでしょうか。自分が黙秘しても、相手が自白すれば、相手は無罪放免で自分は10年の刑です。これがもし1回限りの取引だとすれば、「2人とも自白して、2人とも5年の刑」が最悪のリスクを回避した選択となります。

 ちなみに、この状況では、黙秘イコール協調、自白イコール裏切りと言い換えることができます。つまりこの状況では、2人にとって裏切りが現実的な解だということになります。

 はて。少しおかしいと思いませんか?

 現実の社会ではこのような1回限りの取引というのは稀です。たいていの仕事の取引は長期的に継続することを目指していますし、日常生活においても友人関係や買い物に行く店などとも、長期的な関係を前提にしています。1回限りの取引と言われてすぐに思いつくのは、海外の観光地の土産物店での買い物でしょうか。超高級品だと言われて買ったが実際はガラクタだったなどという経験は皆さんにもあるのではないでしょうか。しかしインターネットのレビューが普及したおかげで、昔と比べるとずいぶん減っていると思いますが。

「しっぺ返し戦略」

 というわけで先ほどの囚人のジレンマのような状況が、長期的な関係においてどのように解決されるかという問題を考えてみることにします。

 ロバート・アクセルロッドという政治学者による興味深い実験があります。長期的な関係、つまり囚人のジレンマのような状況が繰り返される場合に、利益が最も多くなる戦略を見つけるため、いろんな種類のゲーム戦略を広く募集し、コンピュータのシミュレーションによる総当たり戦のコンテストを行いました。

 プログラムは14種類が集まりました。常に協調というカードを切る「善人戦略」から、反対に常に裏切りというカードを切る「悪人戦略」。そのほかは、初回は協調を選択し、相手が2回連続で裏切りを選んだときは、次回に裏切りを出すという戦略や、初回は協調を選択し、相手が1回でも裏切りを選んだら、そのあとは最後まで裏切りを出すという戦略など、現実社会で我々が取りそうな行動もあれば、毎回、協調を出すか裏切りを出すかランダムに決めるという戦略まで、さまざまなものがありました。

 さて、これら14種類の戦略を対戦させた結果、どれが最も多くの利益を得たでしょうか。

 それは「しっぺ返し戦略」と呼ばれるものでした。初回は協調を選択し、2回目以降は前回に相手が出した手と同じ手を出す、という非常にシンプルな戦略でした。つまり相手が協調したなら次回は協調カードを出す、裏切ったならば次回は裏切りカードを出すというのを延々と繰り返していくのです。

 アクセルロッドは、しばらくして第2回の大会を開催しました。そこには62種類という前回を大幅に上回る数のプログラムの参加がありました。しかし、それでもしっぺ返し戦略が最強という結果になりました。

 まずゲームが始まった段階では悪者が利益を得ます。しっぺ返し戦略も初回は必ず協調するので、負けます。ところが回を重ねていくと、悪者は協調する人ほど利益を得られなくなります。もししっぺ返し戦略が、毎回協調を選んでくる相手と出会うと、両者の利益はとても大きくなります。

 しっぺ返し戦略はこのトーナメントで2連勝しましたが、アクセルロッドはさらにプログラムに改良を重ねて、「より寛容なしっぺ返し戦略」というものをつくりました。元のプログラムは初回は協調、2回目以降は相手が前回打った手を真似るという戦略でしたが、改良版は裏切られた後でもときどきそれを許し、協調行動をとりました。常に裏切る「悪人戦略」に対しては、元のプログラムより失点は増えましたが、それ以上のポイントを稼ぎました。

 この要因は、協力的で、寛容で、他のプレーヤーから見て付き合いやすく、それでいて必要とあれば迷わず裏切ることもある、という点でした。

 これは、実社会での人間関係にも大いに当てはまるとアクセルロッドは言います。私たちには常に評判がついて回ります。ほとんどの取引は相手が誰なのかをわかったうえで行われ、さらに同じ相手と取引を繰り返しますから、裏切られた相手はそれを忘れません。裏切りによって長期的な取引関係を崩してしまうのなら、取引の初期の段階で悪者が得る利益は、あまり意味を持たない、ということです。

4つの教訓

 エリック・バーカーというアメリカの有名なブロガーが、最近の著書『残酷すぎる成功法則』の中で、しっぺ返し戦略の成功から学べる、実生活での4つの教訓を挙げています。

 1つ目は、相手をねたまないこと。

 実生活での関係のほとんどは、ゼロサムゲームではありません。ゼロサムゲームとは、どちらかが勝つと相手が必ず負けるゲームで、それぞれの勝ち負けを合わせるとゼロになる、というものです。ゼロサムゲームではないということは、自分以外の誰かが勝つからといって、自分が負けるとは限りません。しっぺ返し戦略が選手権で優勝したのは、他のプレーヤーを打ち負かすことではなく、お互いの利益を最大化するための行動を、相手から引き出すことによってです。相手があげている利益を気にせず、ただ自分がよい行いをしているかどうか、それだけを気にかけることが必要だと言います。

 2つ目は、自分から先に裏切らないことです。

 常にウィン・ウィンの関係を築くことの重要性がよくいわれますが、ウィン・ウィンの関係を築くにあたっても、まず自分から先に行動することが大切です。自分の意思はあいまいにしておいて、相手が協力的かどうかを判断できるまでずっと待っていることは、チャンスを逃してしまいます。確かに、騙されたり、裏切られたりするのは嫌なものですし、実際、悪者は取引の最初の段階では利益を得ます。それでも長期的に見ると悪者はうまく行きません。勝利者は常に親切で、敗者は自分から裏切る、ということです。

 人間関係における信頼は、意思の問題であると言い換えることもできるでしょう。つまり、相手が信頼できるかどうかを分析して評価するのではなく、信頼するという意思の問題である、ということだと私は考えています。

 3つ目は、やられたらやり返す、です。

 協調であれ裏切りであれ、そっくり相手に返さなければなりません。もし相手に裏切られたら、黙ったままにしないことです。シミュレーションでは自分から先に裏切るとポイントを減らしましたが、仕返しは得点を挙げました。

 常にいい人であることは必要ですが、やられたらやり返す。これをしないと、ただ何も考えずにいい人を演じ続けているだけになり、結果として長期的な利益を損なうということなのですね。

 4つ目は、策を弄さないことです。

 プログラムの中には、ときどき自分から裏切り行為を挟むことで、相手がどれだけ寛容かを見極めるものもありました。相手が裏切りを許してくれている間はちょくちょくいたずらをして、相手が仕返しをしてきたら態度を変えるというのは、日常生活でもよく見かける光景です。テレビや映画の恋愛ドラマの主人公が「恋愛は駆け引きだ」と言いながら、いわゆる「相手を試す」行動をとる、といったようなケースを目にすることもあります。

 しかしこの戦略は、ときどき稼げるポイントと引き換えに、評判を失ってしまいます。ほかにもいろんな工夫を凝らした戦略は61種類もありましたが、どれもしっぺ返し戦略にはかないませんでした。

 しっぺ返し戦略は、たった2行のプログラムだったといいます。寛容さという要素が加えられた改良版も、もう1行加わっただけでした。それぐらいシンプルな戦略です。そちらが協力するならこちらも協力する。そちらが裏切るなら、こちらも裏切る。いたってシンプルな戦略です。改良版で加えられた寛容さとは、長期的な関係においては、相手が裏切ったとしても、ときには許すこともある、ということです。

 こちら側の戦略がシンプルであることを相手に理解してもらえれば、相手は安心します。協力が利益であるということを認識すれば、協調するのです。

 結局のところずる賢く立ち回ると、相手に不信感を抱かせることになるのですね。

(文=山崎将志/ビジネスコンサルタント)

山崎将志/ビジネスコンサルタント

山崎将志/ビジネスコンサルタント

ビジネスコンサルタント。1971年愛知県生まれ。1994年東京大学経済学部経営学科卒業。同年アクセンチュア入社。2003年独立。コンサルティング事業と並行して、数社のベンチャー事業開発・運営に携わる。主な著書に『残念な人の思考法』『残念な人の仕事の習慣』『社長のテスト』などがあり、累計発行部数は100万部を超える。

2016年よりNHKラジオ第2『ラジオ仕事学のすすめ』講師を務める。


最新刊は『儲かる仕組みの思考法』(日本実業出版社)

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