ビジネスジャーナル > 社会ニュース > 紀州のドン・ファン殺人、危うい逮捕
NEW

紀州のドン・ファン殺人、「消去法的」逮捕の危うさ…不可解な動機、薄い物的証拠

写真・文=粟野仁雄/ジャーナリスト
【この記事のキーワード】, ,
紀州のドン・ファン殺人、「消去法的」逮捕の危うさ…不可解な動機、薄い物的証拠の画像1
野崎幸助さんの著書

 忘れていた頃の「やっぱりそうだったか」――。

「美女4000人に30億円を貢いだ。いい女を抱くためだけに私は金持ちになった」と豪語していた「紀州のドン・ファン」。欧州伝説の好色男に自らを重ね、2018年5月24日に和歌山県田辺市の自宅で不審死したのが資産家の会社社長、野崎幸助さん(当時77歳)である。

 あれから3年。和歌山県警は4月28日早朝、野崎氏の元妻で自称モデルの須藤早貴容疑者(25)を、殺人罪と覚せい剤取締法違反の容疑で東京品川区のマンションで逮捕。長い髪で白いワンピース姿の同容疑者は同日中に田辺署へ身柄を移送された。捜査本部は、須藤早貴容疑者が野崎氏に致死量の覚せい剤を摂取させて中毒死に追い込んだと断定した。須藤容疑者は死亡する3カ月前に野崎氏と結婚していた。

 会見した和歌山県警の徳田大志刑事部長は須藤容疑者の認否については明かさなかったが、逮捕時は素直に従ったという。

 逮捕の根拠は、須藤容疑者が、野崎氏が死亡する直前に2人だけで夕食をとっていたことと、覚せい剤を入手していた証拠をつかんだことだ。覚せい剤の密売人とのメールのやり取りなどが確認された。覚せい剤や人を殺す方法を調べた痕跡もあったという。覚せい剤を入手したのは須藤容疑者と断定し、ルートを追っている。

須藤容疑者に毎月100万円を渡す

 事件当日、食事を終えて野崎氏が2階に上がり、須藤容疑者が家政婦と一階にいたとき、ドンドンという音が聞こえたという。しばらくして見に行くと、野崎氏は裸のままソファの上でぐったりしていた。家政婦が心臓マッサージしたが助からなかった。須藤容疑者は当初から疑われ、当時メディアにも追い回されていたが何も語らなかった。ドンドンという物音は野崎氏がもがき苦しんでいたとも考えられる。断末魔で意識が薄れゆくなか、「あの女にやられた」と思ったのだろうか。

 野崎氏は非常に用心深く、自宅には多くの防犯カメラを設置していたが、映像解析でも殺された当日は夕方以降に外部からの侵入者や訪問者はなかった。県警が野崎氏の遺体を司法解剖したところ、胃や血液から致死量(0.5~1グラム)をはるかに超える多量の覚せい剤が検出された。しかし野崎さんの体には覚せい剤の注射痕はなく、毛髪検査でも覚せい剤の成分は出なかった。

 このため野崎氏が覚せい剤を常用していることはないとみた。胃から覚せい剤が出たことから、捜査本部は飲料に混ぜるなどして口から摂取した可能性が高いとみている。さらに、尿からは覚せい剤成分が出ていないため、摂取してから1時間以内に死亡したとみている。

 野崎氏が死亡する2週間ほど前に可愛がっていた飼い犬「イブちゃん」が死亡したが、「もがき苦しんでいた」という証言も出ている。捜査本部は庭に埋められた犬を掘り出して調べた。野崎氏は「犬の世話をしてくれる人に財産を渡す」と話していたという。金だけもらって東京で華やかに生活したかったであろう須藤容疑者にとって、犬は邪魔な存在だったのではないか。

 飲み物に覚せい剤を混ぜたと見た捜査本部は、ビール好きだった野崎氏の家から約2000本のビールの空き瓶などを押収し、徹底的に調べていた。逮捕の報に野崎氏の会社の役員だった男性はテレビ取材に「(須藤容疑者は)毎月、100万円くれるから田辺に来たと言っていた。社長が亡くなった後もまったく普通にしていた」などと話している。

 野崎氏は2016年暮れに自らの「好色人生」を恥じ入ることなく綴った『紀州のドン・ファン』(講談社)を出版。18年に出た続編「野望編」では、須藤容疑者と結婚したことを嬉しそうに紹介し、羽田空港でわざと転んだ時、彼女が優しい声をかけてくれて助けてくれたことや、京都の清水寺でデートし、「結婚してくれなければここから飛び降りる」と言ったことなどを紹介している。須藤容疑者には毎月100万円渡していたという。野崎氏の死亡後も会社の役員として報酬を受けていた。

 田辺市出身の野崎氏は、地元の旅館などに和歌山県特産の梅干しなどを販売していたが、次第に金融業や不動産業を手掛けて成功し、東京にも進出。和歌山では高額納税者として名が知られていた。

 田辺市によれば、資産は預貯金が約10億円、有価証券が約3億円。そのほか不動産や高価な絵画などがあるという。子供のいない野崎氏は死亡の5年前に書いていた遺言書で、「資産を田辺市にすべて寄付する」としていたため、同市が受け取る手続きを進めている。

 しかし、親族の一部が遺言書の有効性に異議を唱え、遺言執行を担当した弁護士を訴えて裁判になっている。遺言が有効でも妻には半分の相続権がある。

「カレー毒殺事件」との類似点

 現状では、状況証拠の積み重ねが中心のようだ。犯行の直接の目撃者はいないなか、消去法から「犯人はこの人物しかありえない」という論法での逮捕である。これは同じ和歌山県で1998年7月に起きた「カレー毒殺事件」で林眞須美死刑囚を逮捕したときと同じである。カレー事件で和歌山県警は林死刑囚の自宅からヒ素を押収したが、カレーに混ぜられたものと同じだったことを、兵庫県佐用町にある大型放射光施設「スプリングエイト」を使って調べたのだ。

 田辺市の自宅の床から覚せい剤が検出されたが、今回殺人に使われたものと同じなのかも証明しなくてはならない。

 さらに、動機も今ひとつわからない。記者会見で徳田部長は「現時点では確定的なことは言えない」として明らかにしなかった。野崎氏の年齢を考えれば、そんな大それたことをしなくてもいずれ野崎氏が大往生すれば遺産は転がり込んでくるはずだった。22歳の女が単独で考えた犯行だったのか、背後に男や黒い組織があった可能性も否定できない。

 田辺署の岸谷孝行署長は「亡くなられた被害者のご無念を晴らすことができたのではないか。県民の期待に応えられたのでは」などと高揚した様子で語った。しかし、逮捕はしたものの起訴して有罪確定まで持っていけるのだろうか。記者会見で県警は「どのように摂取させたのか」などの質問にも「お答えできません」のオンパレードだった。直接の物証が薄く「犯人しか知り得ない秘密の暴露」や「自白」に頼る部分が多いとき、警察は回答を避けたがる。

 須藤容疑者は会社関係者に「日本では結婚できないから海外で結婚する」と日本脱出をほのめかしていたという。ここへきての逮捕は「須藤容疑者に海外逃亡の可能性が出ていたため」と見る向きもあるが、拙速逮捕でなかったことを祈りたい。もっと見る

粟野仁雄/ジャーナリスト

粟野仁雄/ジャーナリスト

1956年生まれ。兵庫県西宮市出身。大阪大学文学部西洋史学科卒業。ミノルタカメラ(現コニカミノルタ)を経て、82年から2001年まで共同通信社記者。翌年からフリーランスとなる。社会問題を中心に週刊誌、月刊誌などに執筆。
『サハリンに残されて−領土交渉の谷間に棄てられた残留日本人』『瓦礫の中の群像−阪神大震災 故郷を駆けた記者と被災者の声』『ナホトカ号重油事故−福井県三国の人々とボランティア』『あの日、東海村でなにが起こったか』『そして、遺されたもの−哀悼 尼崎脱線事故』『戦艦大和 最後の乗組員の遺言』『アスベスト禍−国家的不作為のツケ』『「この人、痴漢!」と言われたら』『検察に、殺される』など著書多数。神戸市在住。

紀州のドン・ファン殺人、「消去法的」逮捕の危うさ…不可解な動機、薄い物的証拠のページです。ビジネスジャーナルは、社会、, , の最新ニュースをビジネスパーソン向けにいち早くお届けします。ビジネスの本音に迫るならビジネスジャーナルへ!