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木村誠「20年代、大学新時代」

日本大学の背任事件を利用した私大ガバナンス強化策の本当の問題点

文=木村誠/教育ジャーナリスト
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日本大学会館(「Wikipedia」より)
日本大学会館(「Wikipedia」より)

 12月10日に日本大学当局は、ようやく記者会見を開き、加藤直人新理事長は田中英壽前理事長と永久に決別し「今後一切、彼が日本大学の業務に携わることを許さない」と発言、今回の背任事件の舞台となった関連会社「日本大学事業部」についても「清算も視野に対応する」と公にした。

 同大は学部ごとに学風が違い、「複数の大学の集合体」のような印象の大学だ。たとえば、文理学部・芸術学部と経済学部・法学部では教授陣や学生の気質も違う印象がある。大学トップが学部教育にあまり口を出さず、それが魅力という人もいた。大学図書館蔵書冊数は5万冊で、私立大学ではトップクラスだ。半面、全学での意思決定には時間がかかり、経営トップの暴走を許すことにもつながったとの見方もある。

 その根源は、日本大学全共闘結成の契機になった55年前の20億円を超える大学の使途不明金問題にある。3万を超える学生が全共闘に参加し、その大衆団交は大学トップたちを震撼させた。大学側はこの全共闘に対抗するため、体育会系運動部の学生を動員し、全共闘との激突を繰り返させた。

 運動部の学生をカウンター勢力として利用したのは、日大が初めてではない。早稲田大学の学費値上げ反対闘争のときも体育会系学生が登場し、全学共闘会議にいた同好会系運動部員とやり合ったりしていた。

 ただ、日大では、その後、闘争が一段落すると、大学側は体育会系の学生を職員として大量採用した。それを契機に、次第に経営面における体育会支配が進み、それが元学生横綱である田中前理事長のワンマンを許す土壌につながったといえよう。

 今回の背任で逮捕された元理事もアメリカンフットボール部員で、田中前理事長の取り巻きにいる一人であった。彼が、例の日大アメフト部員の悪質な危険タックル事件で口封じ工作をして辞めたのに、時間をおいて復活したのは田中前理事長の支持があったからと言われる。

有識者会議の思い切った提案

 続く私大の不祥事から、私学法人の運営は学内の人間に任せられない、という世論に乗じて、文部科学省が設置した有識者会議「学校法人ガバナンス(統治)改革会議」は、私立学校法人の経営体制に関する大幅な制度改正を求める報告書をまとめ、12月はじめに末松信介文科相に提出した。

 現在は学内の人も入っている評議員会のメンバーを「学外者」に限定し、予算・決算、合併や解散だけでなく、理事の選任・解任権を持たせるという内容だ。そのメンバーも学校法人の理事会で選ぶのを認めず、選定のための委員会を設け、人選や選考のプロセスを情報公開して「透明性」を確保するよう求めている。ガバナンスのために、かなり思い切った内容といえよう。

 政府も閣議決定で「手厚い税制優遇を受ける学校法人にふさわしいガバナンスの抜本改革」について年内に結論を出し、法制化を促していた。

 確かに抜本的な改革ではあるが、私大関係者からは猛然と反発が起きた。たとえば、法政大学の山口二郎教授は、ツイッターで「数本の虫歯で上下すべての歯を抜いてしまうようなもの」と批判している。特異な日大の例だけで私大全体を判断してよいのか、というわけだ。

日本私大連盟は特に3点に絞って提案

 日大とともに早大や慶応義塾大学など、全国の有名私大が加盟する日本私立大学連盟は、有識者会議の論議を踏まえて10月に公表した意見書で、下記の提案をした。連盟加盟校は、他にMARCH(明治大学・青山学院大学・立教大学・中央大学・法政大学)、関関同立(関西大学・関西学院大学・同志社大学・立命館大学)などだ。

1.学外者のみで構成される評議員会の本質的課題

 評議員会は、学外者を一定割合以上確保した上で教職員や設立関係者などの構成により、私立大学の公共性と健全な発達に資する仕組みとする。また、この構成のバランスは学校法人の特徴や規模等により一律に規定しない。

2.意思決定のスピードの鈍化

 評議員会の議決を要する事項は、法人としての組織・運営の基本的なあり方や業務の基本方針に関する事項に絞るか否かも含めも法律で一律に規定せず、学校法人の自律性に基づき決定できる仕組みとする。

3.学内の対立構造の先鋭化

 理事の解任手続は、監事と評議員会の連携により、法令違反等の事由や職務執行状況に関する監事の意見に基づいて、評議員会と異なる第三者などの委員会を活用する仕組みを講じることが適切であり、ガバナンスの正当性が高めると考える。

 同連盟が最も強調したいことは、第1の提案にある「学外者のみの評議員会の構成」である。私学特有の建学の精神に基づく教育に理解を有し、かつ現在の多様化する教育プログラム、文理融合やカリキュラムの有機的連携、大学間連携などの各テーマにも精通する人材を学外から十分に確保することができるのだろうか、という疑問が背景にあるからだ。むしろ、私大の教育研究活動に大きな混乱をもたらすという懸念だ。

 第2の提案については、評議員会に最終的な意思決定を任せると大学経営意思決定のスピード感がなくなり、教学と経営が一体となって迅速かつ的確な判断ができず、機能不全になる可能性が高いことを懸念する。

 第3の提案では、不祥事に対応するならば、該当する理事の解任など決定する独立した第三者委員会を設け、監事と協議決定するほうが、ガバナンスの上でも適切である、としている。

 第3案などは、歩み寄りが可能であろう。ただ、学外の人のみによる評議員会に絶大の権限を与えることには、相当反発が強い。

大学の知的資源を利用したガバナンスを

 基本的なことは、大学の現状を踏まえて、何よりも教育・研究を担う大学教員の意見を最大限尊重し、大学経営に反映させていくことである。

 実は日大でも、そのような教員の活動があった。執行部の責任を追及する「新しい日本大学をつくる会」である。しかし、法的資格を問われ、裁判でも門前払いの結果となった。教職員労組などとも連携して、内部からの声を大学経営に反映させるルール化を進めるべきである。

 それには徹底した情報開示が必要だ。利害関係者でもある理事や評議員のみならず、全教職員はもちろん当該大学生やその保護者、OBやOGなどにアプローチできるように情報を開示すべきだ。

 確かに、有識者会議の提言にあるように評議員をオール学外メンバーにして権限強化を図ると、日大のような理事長専横は防げる可能性は高いが、大学の教育研究の向上を図れるかというと、心もとない。

 社外取締役を多数登用し、ガバナンス重視の見本と言われた民間有名企業で続く不祥事を見ればわかるように、利益追求の企業風ガバナンスでも実効性は確保できていないのが現実だ。

 大学のガバナンスを実現するベースには、何よりも教職員の責任感と自覚があり、それを支える学生とOBやOGの共感がなければならない。そうでないと、器だけ作っても機能しないことになる。自学の知的資源をガバナンスにも生かすべきである。

(文=木村誠/教育ジャーナリスト)

木村誠/大学教育ジャーナリスト

木村誠/大学教育ジャーナリスト

早稲田大学政経学部新聞学科卒業、学研勤務を経てフリー。近著に『ワンランク上の大学攻略法 新課程入試の先取り最新情報』(朝日新書)。他に『「地方国立大学」の時代–2020年に何が起こるのか』(中公ラクレ)、『大学大崩壊』『大学大倒産時代』(ともに朝日新書)など。

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