1月15日朝、大学入学共通テストの実施会場の東京大学本郷キャンパス敷地内で、高校生の男女2人と70代の男性が包丁で切りつけられた。殺人未遂容疑で現行犯逮捕されたのは、名古屋市に住む17歳の高校2年生の少年で、「東大近くの駅で火をつけようとした」と供述している。実際、この事件の前に東大前駅でボヤ騒ぎがあったようで、駅の改札に爆竹のようなものがまかれ、駅員が消し止めたという。
わざわざ上京して犯行に及んでいるうえ、火をつけてから刃物を振り回しているので、昨年10月31日夜、京王線の電車内で発生した無差別殺傷事件のコピーキャット(模倣)である可能性が高い。京王線事件で、殺人未遂容疑で現行犯逮捕された当時24歳の服部恭太容疑者は「2人以上殺して死刑になりたかった」と供述しており、いわゆる「死刑のための殺人」をもくろんだ「拡大自殺」とも考えられる。
今回の事件の容疑者も「医者になるため東大を目指したが、約1年前から成績が上がらず、自信をなくした」「医者になれないなら自殺しよう、人を殺して罪悪感を背負って切腹しようと考えた」と話しているらしいので、やはり「拡大自殺」だろう。
この2人には、「できるだけ多くの人を巻き込んで不幸にしてやりたい」という願望が共通して認められる。17歳の少年は、受験勉強がうまくいかず、「東大に入れないなら」あるいは「医者になれないなら」、「自分はもうダメだ」と絶望したが、自分だけ不幸なのは許せないと感じ、他の受験生も自分と同じように不幸にしてやりたくて犯行に及んだのかもしれない。
こうした思考回路の根底に潜んでいるのは、強い怒りである。古代ローマの哲学者セネカが見抜いたように、「怒りが楽しむのは他人の苦しみ」であり、「怒りは不幸にするのを欲する」。悪意や嫉妬は「他人の不幸は蜜の味」という言葉通り、「相手が不幸になるのを欲する」が、そんな悠長なことを言っていられないのが怒りだ。怒りは、相手が不幸になるのを待っていられず、自ら害を与える。場合によっては、人間にとって最大の不幸である死をもたらそうとする。
今回の事件を起こした17歳の少年も、強い怒りに突き動かされていた可能性が高い。それに拍車をかけるのが「自分だけが割を食っている」とか「自分だけが理不尽な目に遭っていると」という被害者意識である。厄介なことに、このような被害者意識によって犯行が正当化されることも少なくない。
容疑者の少年は一体何に対して怒っていたのか。そして、犯行に及んだきっかけは何だったのか。慎重に捜査していただきたい。
(文=片田珠美/精神科医)
参考文献
片田珠美『無差別殺人の精神分析』新潮選書、 2009年
片田珠美『拡大自殺―大量殺人・自爆テロ・無理心中』角川選書、2017年