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西島基弘「食品の安全、その本当と嘘」

食品添加物は危ないと煽る人は、生体では起きない実験を根拠に…国の安全評価過程に無知

文=西島基弘/実践女子大学名誉教授
食品添加物は危ないと煽る人は、生体では起きない実験を根拠に…国の安全評価過程に無知の画像1
「Getty Images」より

 昔から、根拠のないことで消費者を脅かす人たちがいます。現在も一部の週刊誌やタブロイド紙には驚くようなことが書かれている場合が少なからずあります。書店に置かれている食の安全性に関する本は、週刊誌などにコメントをしている人たちが書いたもので、「食品添加物は危ない!」と煽っているものが大半です。食品の安全性や食品衛生等の関連学会で名前の知られている方々の執筆した書物には、ほとんどお目にかかれません。

 週刊誌やタブロイド紙では、「食品ジャーナリスト」や格好の良い団体名の代表等の肩書を付けた自称「食品専門家」がコメントしています。そうしたメディアは消費者に正確な情報を提供するというより、消費者を脅かして販売数を上げるために意識して「危ない」と発言する人を選んでコメントを求めているようにも見えます。

 日本では言論の自由が保障されています。根拠のある情報であれば問題はありませんが、科学常識を疑うような内容も記載されています。

新聞の投書欄

 2019年の新聞の投書欄に『すごく気になる食品添加物』という見出しで、「最近食べてはいけない〇〇などという本や記事を見る、普段から添加物などに気を付けている私はすごく気になる」という書き始めで「商品裏の原材料をよく見る。わからないカタカナが危険だと聞いた」、最後に「では何なら大丈夫なのか。このままでは不安になるばかりだ。きちんとそれが分かる情報が欲しい」と書かれています。

 食品添加物の安全性の評価は、食品安全委員会が発信している情報を見るのが最も良いと思いますが、週刊誌などに書かれている内容を少し検証してみたいと思います。

今年発刊された週刊誌に記載されていたコメント

 ドライフルーツ製造メーカの一部商品から基準値を超えるソルビン酸が検出されたことに対して、ある人がコメントをしていました。そこには、『あなたも巧妙に騙されている「保存料」「防腐剤」の危ない真実』という大見出しが書かれていました。「ソルビン酸でがんに」とも書かれており、その記事の概要は以下のとおりです。ちなみに(1)~(5)は私が追記したもので、後半で説明します。

・「ソルビン酸は厚生労働省が使用基準を設定。基準量以下なら人の健康を損なう心配ない」ということは、逆に考えれば、基準値を超えた量は健康を損なうということ(1)。そもそも、ソルビン酸を使用すること自体に危険性が指摘されているのに(2)、基準値をオーバーするなんて、ありえない。

・ソルビン酸の「発がん性」を問題視する(3)。

・動物実験では、肝臓肥大、成長抑制、染色体異常を引き起こすことが報告されている(4)。さらに添加物には『相乗作用』といって、別の物質が組み合わさると毒性を持つケースがある。たとえば、ハムやソーセージにはソルビン酸に加えて、肉の色を良く見せるために発色剤「亜硝酸ナトリウム」が使われることが多い。ソルビン酸と亜硝酸ナトリウムが混ざると、発がん物質ができることは世界的に有名な話だ(5)。

 消費者のなかには、この記事を鵜吞みにする人もいるかもしれませんが、この記事にはいくつかの間違いがあります。少し冷静に検証してみたいと思います。

ソルビン酸は指定添加物

「基準値以下であれば人の健康を損なう心配はない」というコメントは間違いではありませんが、コメントをした方は食品添加物に関する許可の過程を知らないのではないかと思います。ここで取り上げられているソルビン酸は、保存料として厚生労働大臣が指定添加物として許可した物質の一つです。指定添加物は天然や人工の区別なく食品安全委員会が安全性を確認し、それを踏まえて有効性や品質を確認し、消費者の利益になると判断して許可をしたものです。

 ソルビン酸は作用が弱いものの広範囲のカビや微生物に対し、増殖を抑える効果があるため漬物やハム、ソーセージ、いかくん製品、ワイン等などの果実酒など広範囲の食品に使用が許可されています。また、世界的にも米国やヨーロッパ等多くの国で許可され使用されています。

 食品安全委員会ではソルビン酸及びその塩類(ソルビン酸カリウム、ソルビン酸カルシウム)をグループとして評価しています。一日摂取許容量(ADI:毎日その量であれば一生涯食べ続けても健康に影響がない量)をソルビン酸として25mg/kg体重/日と設定すると厚労大臣に通知しています。食糧農業機関(FAO)及び世界保健機関(WHO)の合同食品添加物専門家会議(JECFA)も同じくADIを0-25mg/kg/日としています。

 ソルビン酸の塩類は水に溶けやすいため、食品にはよく混ざるので使用しやすいという利点があります。摂取されたソルビン酸塩は胃でソルビン酸になります。したがって、これら塩類をグループ化し、許可量も塩類も合算して(ソルビン酸として)各食品に使用してよい最大量を決めています。

 ADIは体重1kgあたりですので、食品安全委員会や厚生労働省が暴露評価に使用している日本人の平均体重55.1 kgであれば、1377mgを一生涯毎日食べ続けても大丈夫ということになります。食品に対して許可量を決める場合には、特定の食品だけを食べた場合も、複数の食品を食べた場合もADIに達しないように考慮されています。

 日本人が実際どの程度のソルビン酸を摂取しているかというと、平成28年度の厚生労働省マーケットバスケット方式の調査では4.407mg/日となっています。したがってADIに比較して0.3%とまったく問題はありません。

 このADIは発がん性試験だけでなく多くの試験を行い、食品安全委員会が必要とする試験の結果が揃っているものについては、もっとも感受性の高い試験でも毒性の出ない量(無毒性量)の100分の1をADIとしていますので十分に安全性を配慮した決め方をしています。

安心して食べて良いのではないでしょうか

 国で定めた基準値を少しでも上回った場合、都道府県・政令指定都市の食品衛生監視員の立ち会いの下に違反食品は回収され、廃棄されます。少し基準値を上回ったものを食べても常識的には健康被害は起こりません。しかし、常識的な専門の先生方は基準値を少しでも上回った食品に対して、安全だとは言いづらいので「ただちに健康被害は起きない」というような表現を使います。消費者のなかには、これを「すぐに健康障害は起きないが、のちのちはわからない」と考えてしまう方もいるようです。

 ソルビン酸の違反は基準値を上回ったものは健康を損なうという前出の週刊誌のコメント(1)(2)は、食品添加物の基準値の決め方をまったく踏まえていないものではないかと思います。(3)(4)のコメントの根拠はよくわかりませんが、少なくとも食品安全委員会の評価書やJECFAなどの国際機関の安全性に関する評価を見ていないか、理解できない方のコメントではないかと思います。

ソルビン酸と亜硝酸

(5)の「ソルビン酸と亜硝酸ナトリウムが混ざると、発がん物質ができることは世界的に有名」というコメントですが、確かに食の安全性に関係する人にとってはよく知られた話です。ソルビン酸塩と亜硝酸が共存する食品としては、ソーセージやハムがあります。その発がん物質というのはジメチルニトロソアミンという物質で、国際がん研究機関(IARC)ではランク2A(動物実験では発がんが認められる。ヒトでは発がんするかもしれない)に分類しています。

 この「発がん物質ができる」というコメントは、言葉足らずか食品安全委員会の評価書の中の文章の一部分だけを抜粋し、根拠としたコメントと思います。食品安全委員会は、ソルビン酸と亜硝酸の作用については当然考慮しており、評価書の中で「ソルビン酸と亜硝酸塩の併用使用について、通常の条件下ではヒトの健康に対する悪影響はない」と結論付けています。

 この通常の条件下というのは、コメントをした方が根拠としている論文は「亜硝酸ナトリウムの溶液を蒸留水中0.5モルのソルビン酸で懸濁した溶液に室温で加え、90℃の湯煎で1時間加熱した」という実験報告のようです。このような条件は、ヒトの体内やハムやソーセージの加工工程において起こりえません。この実験に使用したソルビン酸の濃度は、ハムやソーセージに使用されている量に比較して極端に高濃度です。また、人が病気をして高熱を出したとしても42~43℃程度でしょう。

 一方、ハムやソーセージの製造方法を見ると、確かに加熱工程がありますが、食品衛生法で食中毒防止のためであり、中心部の温度を63℃にして30分加熱することになっています。少し高温にして短時間で処理するにしても、品質に影響するのであまり高温にはしないようです。

 何のために行われた実験かはわかりませんが、生体では起こりえない条件下での試験管内での反応と、生体内の反応は安全性に関しては同一に評価できないということは当然です。国や国際機関の評価を理解できない人が、根拠もなく週刊誌やネット上で「食品添加物は危ない!」と発信し、消費者を脅かすような記事があることを消費者は知っておく必要があります。

(文=西島基弘/実践女子大学名誉教授)

西島基弘/実践女子大学名誉教授

西島基弘/実践女子大学名誉教授

実践女子大学名誉教授。薬学博士。1963年東京薬科大学卒業後、東京都立衛生研究所(現:東京都健康・安全研究センター)に入所。38年間、「食の安全」の最前線で調査・研究を行う。同生活科学部長を経て、実践女子大学教授に。日本食品衛生学会会長、日本食品化学学会会長、厚生労働省薬事・食品衛生審議会添加物部会委員などの公職を歴任。食品添加物や残留農業など、食品における化学物質研究の第一人者として活躍している

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