ロンドン標本が報告された1861年は、「進化」という概念がまさに誕生した時期だった。1859年にチャールズ・ダーウィンが『種の起源』を出版した(ダーウィンの直筆原稿も今回展示されている)。当時、宗教界を巻き込んで「進化」という考え方をめぐり、大激論が交わされていた。そんな時代に報告された始祖鳥の化石には、爬虫類と鳥類の両方の特徴があった。まさに、“進化のミッシングリンク”を埋める存在と見られたのだ。必然的に、大きな注目を集めることになる。
さて、これほどまでに重要な始祖鳥化石、しかもその最初の骨格化石が、なぜ産地であるドイツではなく、イギリスの博物館に所蔵されているのだろうか?
実は当時、ドイツの研究者はこの始祖鳥の価値を正確に把握できなかった、と伝えられる。そのため、この記念すべき骨格標本はロンドンに持ちこまれたというわけである。その後、すぐにドイツにおいても始祖鳥の価値が認識され、ロンドン標本よりものちに発見された始祖鳥化石の多くは、ドイツ国内の博物館が所蔵することになる。その意味で、ロンドン標本は「レアな始祖鳥化石」ということもできる。
また、化石の保存状態もいい。全身の一部だけが残った始祖鳥化石もある中、ロンドン標本は“ほぼ全身”が保存されている。ぜひ、会場でじっくりとロンドン標本を観察してみてほしい。美しい骨の質感や羽根の痕跡に眼を奪われたら、あなたは立派な“こちら側”の素質のある方だ。展示は、尾が手前、翼が奥になるように配置されている。手前に尾羽、尾の骨、脚……順番に見ていこう。しかし頭部を探すとなると、そう簡単には見当たらない(はず)。
腰のあたりに細かな筋状の骨があることに気づかれるだろうか。これは、上顎の骨である。また、少し離れたところ、母岩に切れ込みのあるところに、小さな丸い骨が落ちている。実は、これが「脳函(Brain case)」である。脳函とは、脳を保護していた骨のことだ。発見当初、ロンドン標本には頭部が欠けているとされていたが、実は頭部において重要なパーツである脳函が残っていたことが、のちに判明した。学術研究の最前線では、この脳函をCTスキャンにかけて分析することで始祖鳥の飛行能力などが議論されている。これらの骨は、会場で並んで展示されているネガ・ポジ標本のうち、右側の標本で確認しやすい。
「最初は頭部がないと思われていたけれど、のちに脳函が見つかった」
この逸話を覚えておいて、会場のロンドン標本のそばで上映されている映像を見てみよう。映像制作者の遊び心が伝わるはずである。
イカにそっくりな謎の生物の正体とは?
もちろん、始祖鳥化石だけが見どころというわけではない。たとえば、入口のすぐ近く、大英自然史博物館のホールを模した展示室の左奥に「頭足類の化石」が展示されている。
何気なく見ているだけでは通過してしまいそうだが、これが実はかなり貴重な標本である。
頭足類とは、タコ類やイカ類の仲間たちのグループで、絶滅したものではアンモナイト類がこれに含まれる。展示されているのは、アンモナイト類と同じく絶滅したグループで、ベレムナイト類という頭足類のものだ。
『ジュラ紀の生物』 魅惑的な古生物たちの世界。 知的好奇心をくすぐり、知的探究心を呼び起こし、そして何よりシンプルに面白い。 そんな世界を、みなさまにお届けします。 生物ロマン溢れるジュラ紀。 この時代を生きた生物たちの姿を垣間見よう。