ベレムナイト類は“恐竜時代”の海で栄えた動物で、魚竜類などの海棲脊椎動物の餌として生態系を支えた。見た目は現在のイカとそっくりだが、体内に硬質・円錐形の“殻”を持っている。通常、化石として残るのはこの殻だ。
しかし、展示されている標本は触手まで残っている。これがまず珍しい。「そうはいっても、イカっぽくてあまり珍しくないよ」という方は、その触手に並ぶ黒い構造に注目してみよう。現在のイカの触手には吸盤が並んでいるが、ベレムナイト類の触手には“かぎ爪”があったのだ。こうした微細構造まで確認できるということは、この標本がかなり高品質であることの証拠である。「質」という点で、今回の展示品の中では始祖鳥化石と並ぶ筆者のイチオシだ。
イグアノドンの歯と「化石婦人」の生涯
歴史的な標本も数多い。そのすべてを紹介すると、ものすごく長い原稿になってしまうので、あと2点にとどめておこう。
ひとつは、植物食恐竜・イグアノドンの歯である。会場では、ちょこんと展示されているので見逃してしまうかもしれない。しかし、恐竜好きには「押さえてほしい」逸品だ。
1822年、イギリス人医師のギデオン・マンテルがこの歯の化石を発見した。彼はこれがイグアナの歯に似ていることから「~の歯」を意味する「~odon」と組み合わせて「Iguanodon」と名づけた。この段階では、実はイグアノドンが「恐竜」であるとは認識されていなかった。いや、そもそも「恐竜類」というグループが、当時は認識されていなかった。
その約20年後、イグアノドンを含む3種の爬虫類化石にもとづいて、「恐竜類」という分類群名が創設される。小さなこの歯は、のちに世界中の人々が関心を寄せることになる恐竜たちの研究史において、その最初期に報告され、恐竜類グループの創設を支えたものなのだ。
もうひとつは、メアリー・アニングのコーナーを紹介しておこう。メアリー・アニングは19世紀に活躍した化石収集家だが、彼女自身はプロの研究者ではない。しかし、次々と良質な化石を発見し、それらをロンドンの専門家に供給し続けた。彼女なくして、特にイギリスにおける古生物学の歴史は語れない。「化石婦人(Fossil Woman)」と呼ばれ、ロンドンの大英自然史博物館にも肖像画が飾られている。
企画展では、その肖像画と彼女が見つけた魚竜類の化石などが展示されている。そして、肖像画をよく見ると左手で何かを指差している。
そばにいる犬? いや、違う。彼女の一生をまとめた『メアリー・アニングの冒険』(朝日新聞社/吉川惣司、矢島道子著)によると、実は石の下にあるアンモナイトの化石を指しているという。実に「化石婦人」らしい1枚なのだ。
魚竜化石も、細部まで保存されたさすがのクオリティだ。並ぶクモヒトデやサメ類の歯化石も素晴らしい。想像してみてほしい。今から150年以上も前、イギリスの海岸で1人の女性が、これらの標本を見つけた。そして、ロンドンにいる学界の重鎮たちと譲渡をめぐる交渉を重ねていく……。映画のようなワンシーンが思い浮かばないだろうか?
『ジュラ紀の生物』 魅惑的な古生物たちの世界。 知的好奇心をくすぐり、知的探究心を呼び起こし、そして何よりシンプルに面白い。 そんな世界を、みなさまにお届けします。 生物ロマン溢れるジュラ紀。 この時代を生きた生物たちの姿を垣間見よう。