アメリカ糖尿病学会(ADA)による見解の変遷を見ていくと……
アメリカ糖尿病学会(ADA)は、この事態をどのように見ていたのでしょうか。
ADAで糖尿病患者に対する食餌療法の栄養比率指針が制定されたのは1950年です。その時の総摂取カロリーに対する炭水化物の推奨比率は40%、1971年の改訂でも45%でした。それが1986年には、NIHの国家的プログラムNCEPの意向を受けてか、突然、推奨糖質摂取量が60%に増やされます。
ところが1993年、1型糖尿病患者を対象にした大規模研究で、糖質摂取量(カーボカウント)が病勢を決めるということが明らかになりました。これを受けて、1994年にはADAのガイドラインから「炭水化物の推奨摂取比率」は消えました。2005年にはガイドラインには記されないものの、アメリカの権威ある糖尿病専門病院であるジョスリン糖尿病センターでの推奨糖質摂取率は40%に減ります。
「どうも糖質摂取量を増やしすぎるのはよくないようだ」――。このころ、すでにアメリカ糖尿病学会は、それに気づいて舵を切り始めているのです。
画期的だったのは2008年です。ADAは「食事療法に関する推奨(声明)」のなかで、糖質制限食の有効性を公式に認めました。1年以内とするなどの条件はつきましたが、有効性と安全性を認めたのです。
そして2013年10月、ADAは「成人糖尿病患者ケアでの食餌療法に関する推奨(声明):Nutrition Therapy Recommendations for the Management of Adults With Diabetes」食事療法のガイドラインを機関誌で公式に発表します。
「すべての糖尿病患者に適した標準となる食事パターンは存在しない。患者ごとにそれぞれに適したさまざまな個の食事パターンがある」
選択肢として提示された有効な食餌療法のなかに糖質制限食もしっかりと入っていますし、期限の制限もついていません。
日本糖尿病学会が糖質制限を推奨できないと公式に提言したその同じ2013年に、アメリカ糖尿病学会は糖質制限が安全で有効な食餌療法であると公式に認めたのです。
この違いは何を指し示しているのでしょうか。インターネット時代、アメリカを含む欧米諸国からの情報はリアルタイムで入ってきているはずです。それでもなお、日本の糖尿学会が糖質制限を認めたがらないのは、なぜでしょうか。糖質制限している患者を怒鳴りつけてやめさせて、毎食たっぷりごはんを食べさせる、その科学的な根拠はなんなのでしょうか。
(文=吉田尚弘)
吉田尚弘(よしだ・ひさひろ)
大阪市内のクリニック勤務。1987年 産業医科大学卒業、熊本大学産婦人科に入局、産婦人科専門医取得後、基礎医学研究に転身。京都大学医学研究科助手、岐阜大学医学研究科助教授後、2004年より理化学研究所RCAIチームリーダーとして疾患モデルマウスの開発と解析に取り組む。その成果としての<アトピー性皮膚炎モデルの原因遺伝子の解明>は有名。
その傍らで2012年より生活習慣病と糖質制限について興味を持ち、実践記をブログ「低糖質ダイエットは危険なのか?中年おやじドクターの実践検証結果報告」を公開、ドクターカルピンチョの名前で知られる。2016年4月より内科臨床医、2017年4月より北星クリニック大阪で肥満・生活習慣病外来診療に取り組み中。