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榎本博明「人と社会の役に立つ心理学」

休日や定時後も電話対応…CSや顧客第一主義が従業員を潰す!そもそも日本人には不要

文=榎本博明/MP人間科学研究所代表、心理学博士

「自己中心の文化」では、CSを強調し、消費者の声を重視することによって、従業員の自分勝手な顧客対応が減ることが期待できる。このようにマイペースで動く文化圏では、CSを強調することも必要だ。だが、相手の気持ちや立場への配慮に価値を置く「間柄の文化」において、あえてCSを強調し、消費者の声を重視したりすると、従業員は自分の身を守ることができなくなる。

従業員の身を守るために必要な組織対応とは?

 人間というのはもともと自己愛が非常に強い生き物だが、顧客第一主義のいき過ぎにより、消費者の自己愛はますます増長し、相手による気遣いを当然のこととみなし、無理難題も平気で押しつけるようになった。お互いに相手を気遣い合う心地よい世界のバランスが崩れた。CSが、日本社会でうまく機能していた「お互い様」の精神を壊したのである。

 顧客の都合を優先させるのが当然といった空気がつくられ、従業員は勤務時間を過ぎても電話対応に追われる。休日でさえ、携帯電話にかかる取引先からの電話に出なければならない。日程的にも人員的にも無理な要求でも、無理と言えずに、無理して対応する。「自己中心の文化」の住人のように、勤務時間でないからといって無視できないし、「それは無理です」と自分の都合を主張しにくい。

 たとえば、宅配ドライバーは「自己中心の文化」であれば、自分のペースでけっして無理せずに配達するだろうが、「間柄の文化」では、どうしても相手のことを考えてしまう。早く届けよう、指定の時間に間に合わさないといけないと、たえず時間に追われ、最大限のペースで動き続ける。そんなとき、受け取る客の側から「ありがとう、ご苦労様です」といった言葉があり、再配達の際も「二度手間をかけてすみません。助かりました」といった言葉があれば、無理して動いているドライバーの気持ちも救われる。

 だが、CSが強調され、過度なお客様扱いが横行するようになって、こうした「お互い様」の精神が崩れてしまった。必死になって届けても、「ご苦労様」といったねぎらいの言葉もない。指定の時間にいなかったのに、再配達しても申し訳なさそうな様子もなく、当然のように無言で受け取る。再配達の受付時間を過ぎても、「これから届けてくれないと困る」といった要求をする客さえいる。こうしていき過ぎた顧客第一主義が、消費者のわがままな心を増長させ、労働者を追い詰めている。

 そこで今必要なのは、CSなどという概念に引きずられるのはやめて、従業員が身を守れるような無理のないシステムを組織として構築することだ。「間柄の文化」では、個人の権限で身を守るのは難しい。個人に任せておくと、どうしても顧客の都合に合わせて無理をしてしまう。「こういう対応はしなくてよい」といった方針を組織として打ち出し、顧客を有無を言わさず納得させるシステムをつくるのである。たとえば、勤務時間以外には顧客からの電話には出ないというような、具体的な指針を打ち出し、顧客にも理解を求めるのである。

 自己主張をぶつけ合う闘争の社会の真似をするのではなく、お互いに相手を気遣い合う日本社会の特性を考慮した働き方改革が求められる。いくら制度を変えても、文化的要因・心理的要因への配慮がなければ効果は期待できない。そこのところをもっと強く認識すべきであろう。
(文=榎本博明/MP人間科学研究所代表、心理学博士)

榎本博明/心理学博士、MP人間科学研究所代表

榎本博明/心理学博士、MP人間科学研究所代表

心理学博士。1955年東京生まれ。東京大学教育心理学科卒。東芝市場調査課勤務の後、東京都立大学大学院心理学専攻博士課程中退。川村短期大学講師、カリフォルニア大学客員教授、大阪大学大学院助教授等を経て、MP人間科学研究所代表。心理学をベースにした執筆、企業研修・教育講演等を行う。著書に『「やりたい仕事」病』『薄っぺらいのに自信満々な人』『かかわると面倒くさい人』『伸びる子どもは○○がすごい』『読書をする子は○○がすごい』『勉強できる子は○○がすごい』(以上、日経プレミアシリーズ)、『モチベーションの新法則』『仕事で使える心理学』『心を強くするストレスマネジメント』(以上、日経文庫)、『他人を引きずりおろすのに必死な人』(SB新書)、『「上から目線」の構造<完全版>』(日経ビジネス人文庫)、『「おもてなし」という残酷社会』『思考停止という病理』(平凡社新書)など多数。
MP人間科学研究所 E-mail:mphuman@ae.auone-net.jp

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