隠れた大人気商品「茅乃舎だし」の先鋭的経営…六本木の店舗がワンダーランドだ
一方、日本の食品業界では、こういうニッチでベンチャーマインドのあるSPA型のブランドが生まれにくい。なぜなら、大手メーカーが広く流通に卸す商品(ナショナルブランド=NB)を、大手のコンビニや量販店が売るという方式が主流で、寡占状態だからだ。SPA型の新興勢力が入り込む余地がなかった。逆に2007年以降、イオンの「トップバリュ」やセブン&アイ・ホールディングスの「セブンプレミアム」など流通のオリジナル商品(プライベートブランド=PB)が伸長している。もはや、ナショナルブランドに劣らないどころか、凌駕するレベルになってきている。アパレルと違って食品業界では、総合的な品揃えが売りの大手量販店やコンビニにおいてプライベートブランドが先鋭化するという、なんとも皮肉な状態なのである。
店=消費者に体感してもらう装置
そんななか、ビシッと外角低めに渋く一石を投じているのが茅乃舎なのである。独自の特化型店舗「茅乃舎」について、株式会社久原本家グループ本社ブランドマーケティング部ブランド企画1課の齊藤さんにお話を聞いた。
「当社では、一般流通向けの食品も手掛けております。ヒット商品もありますが、やはり大手メーカーさんとの棚の取り合い、広告合戦、価格競争に陥ることがあります。そんな経験から、強い自社のブランドを育てるためには、自分たちでスペースも時間も確保して、しっかりとお客様に“価格の理由”を説明する必要があると考えました。それが直販で自社ブランド『茅乃舎』を手掛ける理由です。
東京ミッドタウン店は、福岡の本店以外で初めて出店した大型店舗です。売り場だけでなくキッチンスペースもしっかり確保しています。お客様に、ゆっくりと時間をかけて説明してご納得いただく。それは店舗販売だけでなく、通販のカタログづくりでも、コールセンターの電話の接客でも同じです」
発売当初十数品あった茅乃舎ブランドのなかで、どの商品を主力として推していくかを検討し、毎日継続して使ってもらえるシンボリックな存在として、“だし”が中核となっていったそうだ。特化型店舗の先鞭となった前述の東京ミッドタウンへの出店は2010年であった。このお店が多くのメディアで取り上げられ、一気に知名度が上がり各方面から出店のお誘いがくるようになった。
自社ブランドづくりや商品開発について聞いてみた。
「社長の河邉がはっきりと公言している通り、利益が出たら、さらなる味の向上のために投資します。これでいいと満足することはありません。たとえば、茅乃舎ではこれまで、だしを煮出す時間を1~2分が最適とお客様にお伝えしてきました。それを昨年の11月から、あえて2~3分と改めました。お客様にはお手間をかけるのですが、一番美味しく召し上がっていただくには何分がいいのか。常に社内で、そういった実験と論議を重ねています」(同)
いま、ネットとリアルの狭間で、売り場は大きなうねりのなかにある。ほとんどのものが、AmazonをはじめとするECサイトで簡単に手に入る時代だ。リアルの売り場を主戦場とする場合、ネットでは賄えない価値の提供が求められてくる。たとえば本やDVDの売り場でいうと、蔦屋書店は、書店の在り方を再定義しようとしている。Amazonでは得られない何かを提供するために、時間と空間、さらにいえば文化的な生活を送るきっかけを提供できる場になろうとしている。
ジェネラルな幅広い品揃え、買い物の利便性は、消費者にとって欠かせないものだ。ただし、リアルな店舗に足を運んでもらうためには、それだけでは不十分だ。ある分野に特化して深く掘っていく。商品はただ揃えるだけでなく、絞り込んで、磨き上げる。店は、商品に込められたこだわりや考え方を直接、消費者に説明し、体感してもらう装置でなければならない。その実例として、皆さんにもぜひ、茅乃舎に立ち寄っていただきたい。きっと、新しい発見があるはずだ。
(文=山田まさる/インテグレートCOO、コムデックス代表取締役社長)