単線型のキャリアパス
3つめの課題は、単線型のキャリアパスでした。
現在の日本の労働者のキャリアパスでは、ライフステージにあった仕事の仕方を選択しにくくなってしまっています。そこで働き方改革のなかでは、転職が不利にならない柔軟な労働市場や企業慣行を確立できれば、労働者個々人が柔軟にキャリア設計することが可能になり、付加価値の高い産業への転職・再就職を通じて国全体の生産性の向上にも寄与することが期待されています。
私はこれは正論で、この課題こそが、働き方改革を進める上で最も大切な基盤となるものだと考えます。しかし残念なことにこの1年間、先に述べた2つの課題ほどあまり目にすることはありませんでした。
生産性を高めるのに必要なのは、業務の効率化であることに異議を唱える人はいないでしょう。実際にその中身は、業務の視覚化に続き、機械にさせるもの、労働力の安い海外に出すもの、残すものの仕分けなどでしょう。つまり、業務が効率化されるとき、そこには余剰社員が出てきてしまうのです。
景気の波に応じて企業が安易に社員を解雇することがいいこととは思いません。しかし、日本が本気で労働生産性を高めるのであれば、そのためには働く人たちは賃金低下や解雇を覚悟しなければならないのです。
人々のやる気スイッチを押すことを働き方改革の基本とするのであれば、何歳になっても再チャレンジできる、つまり転職できる、社会文化の構築は避けては通れないと感じます。その受け皿となり得る社会文化、すなわち転職に対して多くの人の認識が変わること、雇用の流動性こそ、働き方改革実現のためには必要なのだと思います。
残念なことに現在進行中の働き方改革は、この議論なくしては、長時間労働を否定しても、裁量労働制の対象を拡大しても、正規・非正規の処遇の差をなくしても、もう1年たっても人々のやる気スイッチを押して労働生産性を改善するというかたちにはつながらないと感じます。
【参考】
働き方改革実行計画(概要)、平成29年3月28日、働き方改革実現会議決定
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/pdf/gaiyou_h290328.pdf
https://www.kantei.go.jp/jp/headline/pdf/20170328/01.pdf
日本の労働生産性は、OECD加盟国のなかでも決して高くないことが以前からいわれています。時間当たり労働生産性は、OECD加盟35カ国中20位で、1位ルクセンブルクの約5割、6位のアメリカの約7割です。また、日本の1人当たり労働生産性は8万1777ドルとOECD加盟35カ国中21位で、1位のアイルランドの約5割、3位のアメリカの約7割です。
今後日本が迎える人口減少を見据えても、国際競争力をこれ以上損なわないために、労働生産性の向上が求められていることは、誰もが認めることでしょう。
(文=武神健之/医師、一般社団法人日本ストレスチェック協会代表理事)