トランプ候補に「君たち教育のない人達が僕は好きさ」と言われても平気な米国人の感覚
つまり、残留派も恐怖心、今持っているものを失うことへの恐れの感情に影響されたということができる。
政治において曖昧さは不要
(2)の「曖昧にしない」を考えてみよう。テレビ番組に出てくるコメンテーターの言葉やマスメディアの論説は、放送規制や、言質をとられないようにしているためもあるだろうが、すべてが曖昧だ。黒白を明確にしないから説得力がない。だからこそ、「保育園落ちた日本死ね!!!」といったブログが短期間に世論に影響力を行使することができるのだ。
不確実な時代に、一般市民は不安で曖昧な心理状態にいる。これ以上、エリート(コメンテーター、政治家、経営者など)の論理的説明は耳にしたくない。自分自身迷っているのだから、誰かに決めるきっかけを与えてほしいと思っているのだ。
第一次安倍内閣で失敗した安倍晋三首相が学んだのは、黒白を明確にするということだろう。曖昧なままにしておかないこと。それを学んで実行しているから、強いリーダーのイメージを維持することができる。なんだかんだと言いながら支持率が高いのは、不安な時代には強いリーダー、もしくは強いイメージを持ったリーダーが好まれるからだ。
皮肉な言い方をすれば、黒白がはっきりしない曖昧な表現をするのは、エリート自身が意思決定できていないからだといえる。行動を起こすためには、いくつかの選択肢の中からひとつを選ばなければいけない。黒白つけられないということは、自分自身が行動するつもりがないということだ。
単純な表現が大衆に受け入れられる
そして最後に、(3)「複雑なことを単純化する」について。複雑な説明は、曖昧さをもたらす。複雑になるのは、多くの場合、言い訳を付加しているからだ。選択するということは行動を起こすことであり、行動自体の説明が複雑になるはずがない。小泉氏は「ワンフレーズポリティクス」と揶揄された。しかし、彼は他人を説得するためには単純でなければいけないことを知っていたともいえる。
「保育園落ちた日本死ね!!!」は、具体性、曖昧のなさ、単純性において、一瞬のうちに多くの人たちの共感を得た。それに反発した(特に言葉使いに反発した)人たちもいたようだが、こういった人たちはポピュリズムの扇動家の説得力に勝つことはできない。