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江川紹子の「事件ウオッチ」第114回

【Twitter投稿で戒告処分】言論の自由がない裁判官に、言論の自由についての判断ができるのか

文=江川紹子/ジャーナリスト
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 それでも、岡口氏が自分が担当していた裁判の当事者の一方に肩入れしたり、不正や犯罪を肯定したりすれば、確かに「裁判所に対する国民の信頼を傷つける行為」と非難されてもやむを得ない。

 しかし、今回のツイート程度の発言を、「裁判官の品位と裁判所に対する国民の信頼を傷つける行為」とするのは、あまりに大げさにすぎるのではないか。それにもかかわらず、最高裁はなぜ、今回のようにコトを大きく構える結論に至ったのか。

 ひとつには、最高裁裁判官の「裁判官はかくあるべし」というイメージから、岡口氏の言動が大きく外れていたこと。さらには、何かにつけ「文句を言われない」「クレームをつけられない」ことを優先する、今の社会の風潮が反映しているように思う。

 今でも強く印象に残っていることがある。2年前、元プロ野球選手の清原和博氏が覚せい剤事件で逮捕された時、阪神甲子園球場にある甲子園歴史館は、清原氏が高校時代に13本目のホームランを打ったバットなどを展示スペースから撤去した。私がその理由を問い合わせたところ、同歴史館の担当者はこう言った。

「『過剰反応』と言われるほうが、『後手に回った』と言われるよりいいんです」

 マスメディアなどを含む民間企業にも役所にも、この風潮は広まっている。苦情を言われた時に、「我々は事前に周知してありましたよ」と言えるよう、さまざまな予防線を張っておくようにもなっている。今回の決定は、「裁判所は身内に甘い」と批判されることを恐れ、最高裁は過剰反応を選んだのではないか。

 特に裁判所は、「裁判員制度に対する国民の意欲の希薄化」という難問を抱えている。最高裁の発表によると、昨年1年間で選定された裁判候補のうち、66.0%がなんらかの事情で「辞退」した。選任手続きを行う日に出席を求められた候補者の出席率は63.9%。裁判員制度が始まった2009年には、辞退率は53.1%で、出席率も83.9%あった。制度としては定着しているものの、発足当初に比べ、国民の裁判員を引き受ける意欲は下がっていると言わざるを得ない。

 そういうなかで、裁判員制度を支えていかなければならない最高裁としては、「身内に甘い」といった裁判所批判は、なおさら避けたい状況にあったのではないか。

 今回の出来事でさらに心配なことがある。分限裁判に至る以前に、岡口氏が所属する東京高等裁判所が「東京高等裁判所分限事件調査委員会」を設け調査を行ったが、その過程で岡口氏は長官室に呼び出され、林道晴長官と吉崎佳弥事務局長から「ツイッターをやめろ」「ツイッターと裁判官の仕事と、どちらが大事なんだ」「ツイッターをやめなければ、分限裁判にかけて裁判官をクビにしてやる」などと、1時間近く攻め立てられたという。

 高裁分限事件調査委員会宛に出された吉崎事務局長名の報告書でも、ニュアンスはやや異なるが、こういったやりとりがあったことは記載されている。そればかりか、林長官は「国会の関係なのでわからないが、裁判官訴追委員会も動くかもしれない」という警告もした、と記されている。

 岡口氏が過去2度、ツイートをめぐって口頭による厳重注意を受けていたことを挙げ、今回の処分はやむを得ないと理解を示す人もいる。累積過重という考えは、わからないではない。

 しかし、と私は思う。

 この程度のツイートが、ここまで問題にされ、「ツイッターをやめなければクビにしてやる」とまで言われ、まったく非公開の状況で懲罰が決まる。そんな環境の中で、裁判官たちは日々を過ごし、若い裁判官も育てられる。そして、彼らが私たちの言論の自由にかかわる事件も裁くのである。

 言論の自由がない裁判官たちが、私たちの言論の自由について判断する。本当に大丈夫なのだろうか。
(文=江川紹子/ジャーナリスト)

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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