秋篠宮家の長男、悠仁さまが通われるお茶の水女子大学附属中学校で、悠仁さまの机に刃物が置かれた事件で、56歳の自称・長谷川薫容疑者が建造物侵入容疑で逮捕された。
この事件の動機については、「悠仁さまが学習院ではなくお茶の水女子大附属に通っておられることを批判したいのではないか」「天皇家の跡継ぎである悠仁さまを刃物で脅して天皇制反対の意図を表明したいのではないか」などと取り沙汰された。
また、置かれた刃物は2本で、いずれも刃の部分がピンク色に塗られ、棒状のものにテープで巻きつけられていたことから、アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」に登場する「ロンギヌスの槍」に似ているという説もあり、このアニメに影響されて犯行に及んだ可能性を指摘した識者もいる。
こうした点に、長谷川容疑者自身が今後の取り調べで言及するかもしれない。だが、それは表面的なものにすぎず、彼を犯行に駆り立てたのは、次の5つの要因のいずれかではないかと私は思う。
(1)欲求不満
(2)他責的傾向
(3)孤独
(4)破滅的な喪失
(5)承認欲求
まず、長谷川容疑者は強い(1)欲求不満を抱いていた可能性が高い。「義憤に駆られてやった」「正義のためにやった」などと供述するかもしれないが、「義憤」や「正義」という言葉を声高に叫ぶ人ほど、実は欲求不満にさいなまれている。欲求不満、そしてそれから生まれる怒りを自分が抱いていることを認めたくないので、「義憤」や「正義」という隠れみのをかぶせるにすぎない。
現時点では「職業不詳」と報じられており、犯行に及んだのが4月26日(金曜日)という平日だったことから、定職に就いていなかった可能性も否定できない。定職に就いていなければ、経済的に不安定なはずで、それが欲求不満の原因になったとも考えられる。
欲求不満を募らせていると、他人が楽しそうにしていることが許せない。今回の事件も、改元に伴う10連休で世間が浮かれ、ウキウキしているのを見て、腹が立ち、人々の心にさざ波を立て、不安の種をまこうとして起こしたのではないか。その点では、日曜日の歩行者天国に猛スピードのトラックで突っ込んで刃物を振り回し、秋葉原無差別殺傷事件を起こした加藤智大死刑囚と同じ心理だったといえる。
長谷川容疑者の心の闇
自分の不本意な人生を「親のせい」「社会のせい」と責任転嫁した加藤死刑囚と同様に、長谷川容疑者も(2)他責的傾向が強いのではないかと疑わざるを得ない。不遇をかこっているのが、自分自身の能力や努力が足りなかったせいだとしても、受け入れられない。そのため、他人のせいにする。すると、必然的に社会に対する怒りや恨みが募り、復讐願望も芽生えるので、世間をあっと言わせるような犯行に走りやすくなるのだ。
加藤死刑囚と同様に(3)孤独だった可能性も高い。孤独な生活を送りながら、怒りと復讐願望を募らせ、「今に見ていろ。俺だって」とつぶやきながら、今回の犯行を企てたのではないか。
さらに、犯行の引き金として、本人が「もう自分はだめだ」と感じるような出来事があった可能性も考えられる。こういう出来事を犯罪心理学では(4)破滅的な喪失と呼び、失職や別離などが該当する。長谷川容疑者が最近この種の出来事を経験していないか、調べるべきだろう。
見逃せないのは、強い(5)承認欲求から犯行に及んだ可能性である。欲求不満と怒り、そして社会への恨みと復讐願望を募らせていると、どうしても認められたいという承認欲求が芽生える。普段は認めてもらえないという不満と不全感を抱き、鬱屈した日々を過ごしているからこそ、それに比例して認められたいという欲望が強まるわけである。
こうした承認欲求は、世間をあっと言わせる犯罪を起こすことで、かなり満たされるはずだ。そのうえ、逃げのびることができれば、自分のほうが警察よりも優秀だと優越感を抱くこともできる。だから、学校の敷地内の一部の防犯カメラの配線を切断して、自らの姿が映らないようにしたのだろう。逮捕されるまでの数日間、滞在先のホテルで「まだ俺を捕まえられないのか。アホな警察め」とほくそ笑んでいたのかもしれない。
もっとも、全然映らないようにすることはできなかったようで、カメラ画像を移動方向にたどる「リレー方式」と呼ばれる捜査によって逮捕された。今後の取り調べで動機を解明し、長谷川容疑者の心の闇にも光を当ててほしいものである。
(文=片田珠美/精神科医)