●周辺環境を盗み出す
狙われるのは情報だけではない。社員、特に管理職などが対象に狙われるという。盗もうとしているのは中高年管理職の人脈である。
「窓際管理職に対しても、高額の報酬や好待遇を条件に引き抜きをかける企業は多いです。特に中国と韓国の企業ですが、ほかのアジアの国の企業でも同じことは起きています。狙いは、管理職と一緒に移ってくる製造業の職人です。日本の職人が持っている技術は、情報と並んでニーズがあります」(外資系メーカー社員)
長年企業にいれば、それだけ協力企業との付き合いも増えていく。管理職一人を引き抜く条件に「周辺環境」ごと連れてきてもらうというのは、アジア地域の製造業界ではよく見られる現象なのだ。だが、本当の狙いはもっと先にある。
「引き抜いていった先の企業が本当に欲しいのは、協力会社の技術です。時期を見計らって引き抜いた日本人管理職を解雇して、協力会社と直接契約を結ぶのです」(同)
●大胆でアナログな手口も
もっと直接的な方法が取られることもある。それがマルパクと呼ばれるやり方である。簡単にいえば、物理的に丸ごと盗むことだ。
「海外企業に日本から出向いて折衝する時には、ちょっと席を外すタイミングや昼食に行く時でも油断できないんです。カバンの中から書類を持っていかれることもあるし、なかにはパソコンを盗まれるケースもあります」(マーケティング会社社員)
このような事態に直面した際に、打ち合わせ先の企業に抗議しても「知らない」と言われてしまうという。
「いくら外国でも、さすがに警察呼んで……までのことはできませんよね。あくまで打ち合わせに来ているだけですから。日本の企業同士では意識したことなどないのですが、アジアでは盗まれるほうが悪いという考えが当たり前なのだと思い知らされます」(同)
ブレイクタイムなどは、貴重品だけを持って出て行くのが当たり前になっている日本人的な感覚では考えられない乱暴なやり方だ。だが、ほかにも取引先でパソコンのモニターに表示されているデータや書類を覗き見て記憶する情報窃盗もあるという。これは被害に遭っても、盗まれたと立証することはできない。アナログでありながら高度な方法といえるだろう。窃盗方法がアナログになるほど対処しにくい。情報が人の頭の中に入ってしまえば、手のほどこしようがないからだ。
このように、日本の企業をめぐる情報戦争の激化は、確実にビジネスパーソンの身近な問題となりつつある。それでも冒頭に指摘したように、意外なほどに無自覚な人が多いのだ。まずは、あらゆる想像を巡らせつつ、自分の持つ情報の価値を正確に把握し、自衛の手段を講じるところから始めてみるべきだろう。案外とそんな意識が身を助け、結果として日本経済の損失を減らしていくかもしれない――というのは大げさだろうか。
(文=丸山佑介/ジャーナリスト)