首都圏を中心にマンション価格の上昇が話題になることが多いのですが、実は、注文住宅もマンションに負けずに上がり続けています。大手住宅メーカーの1棟単価がいよいよ5000万円が目前となっており、今後もますます上がり続けることは間違いのない情勢となっているのです。
23年第2四半期決算の平均単価は4885万円に
2023年9月上旬、大手住宅メーカーの積水ハウスが2023年第2四半期(2023年2月~7月)決算を発表しました。新設住宅着工戸数が低迷するなかで、受注戸数はなかなか伸びないのですが、それでも1棟単価の引上げによって、注文住宅の売上高を着実に伸ばしています。図表1にあるように、2020年度に初めて4000万円台に乗せた後、2021年度は4265万円、2022年度は4619万円と単価が上昇、2023年第2四半期には4885万円と5000万円が目前に迫っています。
2022年度の実績は、2021年度に対して前年度比8.3%のアップでした。そのペースが2023年度も続けば4619万円×1.083で5002万円になる計算です。2023年第2四半期の2022年度平均に対する上昇率は5.8%ですから、その上昇率が第3四半期以降も続くとすれば、4885万円×1.058で5168万円まで上がります。どちらにしても、2023年度通期の1棟平均価格は5000万円台に乗せることになるでしょう。
積水ハウスグループ 2023年度2Q 経営計画説明会資料 (sekisuihouse.co.jp)
建築資材や人件費の高騰が続いている
どうしてこんなに上がっているのでしょうか。今後もその勢いが続くのでしょうか。続くとすれば、いよいよ注文住宅は庶民には手が届かない存在になってしまいそうですが、実際のところどうでしょうか。上昇の要因としては、第一には、建築資材や人件費の高騰が挙げられます。建築費は数年前からウッドショックと呼ばれる木材価格の上昇が始まり、その後コンクリートや鉄筋などさまざまな資材価格も上昇しました。図表2にあるように、2015年を100とした指数では2023年8月の建築資材の指数は130台ですから、8年ほどの間に3割以上の上昇です。
このところはやや落ち着いた動きになっていますが、その一方、人件費のアップが止まりません。建築現場の職人の高齢化が進み、若年技能者が減少していますから、その確保のためには、人件費の引上げが避けられません。当面、建築資材、人件費の上昇が注文住宅価格の押上要因になる状態が続きそうです。
1-3_summary_shisu_shizai_2023.08.pdf (kensetu-bukka.or.jp)
ZEH化率が2022年度には93%に達している
注文住宅のもうひとつの押し上げ要因になっているのが、注文住宅の基本性能の上昇です。基本性能を高めるためには、さまざまな新たな資材や設備の導入が必要であり、それが1棟単価を押し上げるようになっているのです。その最たるものが、注文住宅のZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)化です。断熱性の高い床・壁・天井などを施し、窓には断熱性の高い複層ガラスを入れ、太陽光発電、エネファームなどの創エネ機器を設置し、それをHEMS(家庭用エネルギー管理システム)や家庭用蓄電池によってシステム化しています。大幅なコストアップ要因になります。
積水ハウスのZEHは「グリーンファーストゼロ」と呼ばれていますが、先の図表1にあるように、同社が施工した注文住宅のうち「グリーンファーストゼロ」の割合は、2013年度には49%と半数以下にとどまっていたのが、2020年度には91%と9割を超え、2022年度には93%に達しています。ほとんどの新築住宅がZEH住宅になっており、それが平均価格を押し上げているわけです。
コストアップを容認する消費者が増加?
そのほか、最近では、全館空調システムによって、いっそう断熱性を高めた住宅も増えています。ますます価格アップ要因となります。いまひとつ、地震大国日本では、耐震性の強化も重要なテーマです。壁を厚くしたり、集成材を用いたりして、構造躯体の強化を図る一方、制震装置と呼ばれる、地震の揺れを吸収する装置を設置する注文住宅が増えています。
さらに、台風や豪雨被害の増加への対応も欠かせません。暴風に負けない強固な建物にし、屋根やバルコニーなどが飛ばされないような建物でなければなりません。さまざまな面でコストアップ要因が重なっています。
それに対して、消費者も価格の上昇をある程度容認するようになっているといわれています。収入アップがなかなか難しく、かつ物価上昇が続く時代ですから、消費者の生活は決してラクではありませんが、それでも、安全・安心や地球環境に貢献するためであれば、多少のコスト負担は致し方なしという社会的なコンセンサスが形成されつつあるのではないでしょうか。
国や自治体も基本性能の高い住宅の建設を促進
国や自治体も基本性能の高い住宅の建設・販売を促進する施策を徹底しています。たとえば、2025年度からはすべての新築住宅には省エネ基準への適合が求められるようになります。つまり、省エネ性能の高い住宅でないと、新築できない時代がそこまでやってきているのです。それに先立って、2023年度からは省エネ性能の高い住宅でなければ、全期間固定金利型の住宅ローンとしては比較的低金利のフラット35を利用できなくなっていますし、2024年からは省エネ性能の高い住宅でないと住宅ローン減税の適用を受けられなくなります。
大手住宅メーカーでは、省エネ基準への対応は標準仕様でクリアしていますが、中小の工務店などでは対応が難しい面があるので、国土交通省や自治体では各種の補助金制度や支援策を実施して、すべての事業者が対応できるようにしようとしています。
1棟単価2000万円前後のビルダーもある
周知のように、注文住宅といっても、積水ハウスを初めとする大手住宅メーカーと、ローコストを売り物とする中堅ビルダー、職人が数人の中小工務店では価格帯が大きく異なっています。大手メーカーでは、冒頭に触れた積水ハウスは、1棟単価5000万円が目前に迫っていますし、他社も4000万円台が多くなっています。たとえば、最大手の大和ハウス工業の2022年度の1棟単価の平均は4510万円ですし、住友林業は4320万円です。しかも、前年度比をみると大和ハウス工業は10.0%、住友林業は4.0%のアップとなっていますから、今後も両社ともに5000万円に向けて単価の引上げが行われる可能性が高いのではないでしょうか。
積水ハウスの決算は1月です。多くのメーカーは3月決算ですから、積水ハウスの動向は先行指標的として位置づけられており、価格面でも積水ハウスの動きに続くメーカーが多くなるのではないでしょうか。それに対して、中堅ビルダーと呼ばれる、薄利多売でローコストを売り物にする中堅ビルダーの注文住宅は2000万円前後が中心で、町場の中小工務店では2000万円以下、1000万円台で受注するケースも少なくありません。
5000万円覚悟かローコスト住宅かの二者択一に
中堅ビルダーでは、大手住宅メーカーの技術力をキャッチアップ、1棟単価2000万円前後でも、基本性能の高い住まいを供給できるようになっていますが、中小の工務店のなかには省エネ基準に対応できないところも出てくるかもしれません。いわゆる一人親方の大工さんの工務店の多くが高齢化していることもあって、事業の継続が難しく、廃業するケースも多くなる可能性があります。また、求められる住宅の基本性能が高くなっていくため、単独では事業を継続できなくなり、中堅ビルダーや大手住宅メーカーの下請けになるケースも増えるのではないかという見方もあります。
そうなると、町場の工務店が減少して、消費者としては注文住宅の依頼先としては大手住宅メーカーか中堅ビルダーしかなくなってしまうかもしれません。これからは、5000万円を覚悟して、先進技術が搭載された大手住宅メーカーで注文住宅を建てるか、ブランドにこだわらずに、ローコスト住宅を売り物にするビルダーに依頼するか、二者択一の時代になりそうです。注文住宅の建設を考えている人は、その点を頭に入れて検討を進める必要がありそうです。
(文=山下和之/住宅ジャーナリスト)