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幻想に踊らされた人たち

“スキルアップ幻想”の終焉…会社にしがみついたほうが得?

文・構成=編集部
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“スキルアップ幻想”の終焉…会社にしがみついたほうが得?の画像1『なぜ、勉強しても出世できないのか?』
(ソフトバンク新書/佐藤留美)
 2000〜10年代、転職や資格、異業種交流などを通じてスキルアップ、キャリアアップを図ろうという“ブーム”があった。現在でも、朝活やTOEIC受験、資格取得などにはげむ人は多く、“スキルアップブーム”は一向に冷める気配はない。しかし、『なぜ、勉強しても出世できないのか?』(ソフトバンククリエイティブ)の著者、佐藤留美氏によれば、そんな“スキルアップ族”の多くは失敗し、スキルダウンしていったという。

 今回、佐藤氏に、

 「勝ち組になるはずだった若者たちは、どうして負け組になってしまったのか?」
 「幸せな仕事人生を送るために“本当に”必要な仕事術」

について聞いた。

ーー今回、『なぜ、勉強しても〜』を書かれたきっかけについて、教えていただけますでしょうか?

佐藤留美氏(以下、佐藤) 私はこれまでに、一生懸命スキルアップに励んでいる、いわゆる「スキルアップ族」と呼ばれる30歳前後の人をたくさん取材してきました。しかし、彼らを見ていると、キャリアアップするどころか、キャリアダウンの転職を繰り返している人が多い。一方で、転職せず、新卒で入社した会社でずっと働き続けている人は意外と元気です。「この差は、どこからきているのだろうか?」と思ったのがきっかけでした。

 私自身、1990年代後半から00年代前半まで、キャリア系情報誌で、「転職を通じていかにスキルアップするかが重要で、それなくして勝ち組になれない」という記事をたくさん書いていました。それに、スキルアップは前向きな行動ですから、当然すべきものであり、ためらっている人の背中を押すような記事を書くことに、当時は疑問を持つということはありませんでした。

 でも、最近そういうスキルアップ族の元気のなさを見て、「何か違うぞ、もしかしたらミスリードしてしまったのではないか?」と思い、あらためて調べてみることにしたわけです。

ーー調べてみて、いかがでしたか?

佐藤 例えば、東日本大震災後であれば、人々は何かにつけて“絆”という言葉を口にしますよね。それから、小泉純一郎政権時代は“自己責任”ですか。そういう“時代のノリ”というのは、いつの時代にもあります。スキルアップ族は、当時の“ノリ”に乗せられてしまった人が多かったのではないかと思います。自分たちの未来のためにと、本業を忘れて、資格取得やTOEICに心血を注いでいる人は至るところにいましたね。

ーー具体的に、スキルアップに振り回されてしまった人が陥る失敗とは、どのようなものですか?

佐藤 現在30歳前後の人たちが、新卒の就職活動を行っていた時代は、まだ就職氷河期でした。ですから、第一志望ではなく、不本意な会社に就職した人が多いのではないでしょうか。一方で、大量採用している企業もあって、そこに入った同期を見ていると、まぶしく見えて、うらやましくて仕方がなかったと思います。

 そこで、自分もこのままではダメだと、一念発起して、スキルアップ族の仲間入りをするわけです。スキルアップにはお金もかかりますが、時間も相当割かなければなりません。そうすると、残業を断ったりして、上司との間に冷たい隙間風が吹き込んでくるわけですよ。でも、社外にいる同じようなスキルアップ族とはつながりができ、SNSなどを通した交流が深まります。

 そこで何が起きるかというと、自社や自社の上司の悪口を言うようになるのです。結果的に会社を辞めて、転職するわけです。しかし、リーマンショック以降は、外資系企業の日本撤退や日本企業の人員削減が起きて、リストラ候補になった転職者も多くいました。そして、今では「行く末がわからないベンチャーにいます」というのが、かなりあるパターンだと思います。

ーーつまり、「転職したり資格を取得したりしながらスキルアップする」というのは、ある種の幻想だったということでしょうか?

佐藤 転職を繰り返しながらキャリアアップし、今は独立して成功している人も、もちろんいますよ。でも、それはほんの一握りです。そもそも日本には個人事業主が少ないということからもわかります。つまり、そうした「スキルアップ、キャリアアップして成功をつかむ」というのは、大部分の人、9割くらいの人には関係なかったということです。

ーーキャリアアップを目指した転職が、なぜキャリアダウンの転職になってしまうのでしょうか?

佐藤 転職を繰り返しても、その人の中にノウハウがたまらないからです。日本企業には、その会社特有の仕事のやり方があります。例えば、会社の組織で一番転職しやすいのは経理部門だといわれますが、主な仕事は、管理会計といって、会社の中でお金を使う部門との交渉が主な仕事です。でも、経営陣の考え方や経営戦略が会社ごとに違うわけですから、交渉の仕方も会社ごとに異なります。

 また人事も、会社として人材をコストとしてとらえるのか、投資としてとらえるのかで違いますし、営業もエリア営業だったり、業種別営業だったりと、必要とされるノウハウは、会社ごとに違うものなのです。

 それから、社内人脈も重要ですね。自分に目をかけて、引き上げてくれる人の存在が重要です。間違いなく一番重要な社内人脈は、上司ですよ。中途採用がものすごく多い業界であれば別ですけれども、日本企業は、まだまだ中途採用にそれほど寛容ではありません。結局、社内人脈やノウハウがないから、責任ある仕事も任せられず、どんどん悪いほうにいってしまう。それでまた転職しようとしても、ノウハウも仕事の経験もないから、下のレベルの会社にしか職が見つからないという、負のスパイラルに陥ってしまうということです。

1つの会社で仕事を続ければ、スキルは自動更新される

ーーつまり、転職せずに、最初に入った会社でずっと耐えていたほうがいいということでしょうか?

佐藤 私が取材してきた経験から言えば、例えば銀行や商社の場合、転職せずにずっと働き、それなりに評価されている人は、30歳過ぎくらいから課長代理になり、40歳過ぎから課長や支店長になるのが一般的です。そうなると、給料も上がるし、裁量も持てます。銀行の支店長なんて、持てる裁量はすごいですよ。やはり仕事のおもしろさは、裁量を持って仕事ができるかどうかです。しかも大企業の中でそれができるわけですから、仕事のワクワク度が違います。

ーー著書の中で、「組織の中で仕事をし続ければ、スキルは自動更新される」とおっしゃっていますね?

佐藤 ある程度の会社の経営陣であれば、常に先を見据えて自社の進むべき道を考えていますよ。そのためにコンサルティング会社など、外部のノウハウを活用しています。つまり、会社の上層部は、一般社員では想像もつかないような、今後自社の進むべき道や事業の方向転換などについて青写真を描いているわけです。そして、その青写真にのっとった、社員の未来の仕事像も考えています。

 例えば、商社は今から15年ほど前までは、メーカーと海外企業との取引の口利き的な仕事が多かった。しかし、今は自らリスクを取って、エネルギー事業などに投資する、投資会社に変貌を遂げています。その間に、商社マンの仕事は、いわゆる営業マンから、より専門性の高い交渉人のような仕事に変わりました。

 あるいは私の知り合いに、ここ10年で急成長した会社の広報部の女性がいますが、彼女はここ10年で「ただの取材の口利き」から、「英語・中国語を駆使するグローバル広報の看板役」に成長しました。会社がグローバル展開を始めたため、東南アジアのマスコミ陣とも交渉する必要があり、自然と語学やグローバルな折衝力が身につき、人脈ができたというのです。

 このように、1つの組織で、ごちゃごちゃ言わずに頑張っていれば、想像もつかない先進的な知識が学べたり、自身のスキルが飛躍的に上がる可能性があるわけです。

ーーそういう日本企業の良さが認識され、外資系企業から日本企業への回帰が起きているようですね。

佐藤 いわゆるリーマンショック以前は、新卒、中途にかかわらず、とにかく外資系企業を目指す人が多かったですね。でも、その傾向はリーマンショックを境に様変わりしました。今や、外資系で働いている人で、日本企業の中途採用に応募する人の数が増えてきています。

 私は、日本企業から外資系に行くのであればいいのですが、外資系企業から日本企業に移っても、それほどうまくいかないのではないかと思っています。カルチャーが違いすぎますよね。外資系の成果主義から、和を乱すなとか、会議は議事録通りにやろうとか、日本的な全体主義にうまく改宗できるかどうか……。

営業力があり、勉強できる人だけが資格取得を目指すべき

ーー本書では、どういう資格でも、取ればうまくいく、スキルアップできるわけではないと書かれていますね。

佐藤 「資格を取れば大丈夫だ、なんとかなる」と思っている人が多いのですが、資格を取得しても、その資格団体は、お客様を紹介してくれません。

 資格取得を目指す人には、営業が嫌いで、人にモノは売れないけれども、勉強ならできるというので、いわゆる「資格に逃げる」傾向がありますね。でも、その資格で生きていくということは、一匹狼でお客様を自分で探していくことからのスタートになるわけですから、営業力があることが大前提で、かつ勉強のできる人しか、資格取得を目指す意味はないのです。

 ただ、親が開業医や税理士で、親の人脈を引き継げる人は、営業する必要はないですから、資格を取ったほうがいいと思いますね。お父さんがそろそろ引退する年齢であれば、そのまま引き継がせてもらえばいいですからね。親の力で仕事は来ます。ですから、そういう職業の人には二世が多いのです。

“脱スキル”で幸せな仕事人生をつくるための仕事術

ーー幸せな職業人生をつくる仕事術の1つとして、「仕事を選ばない」ということが書かれていますが、言われたらなんでもしろということですか?

佐藤 そういう世の中がいいとは思っていないのですが、現実はそうだということです。

 「その仕事には興味がない」「それをやると、なんのスキルになるのですか?」と、いちいち仕事を選んでいる人は、日本企業では真っ先に嫌われます。自分が本当にやりたい仕事というのは、仕事が100あれば、その中に1つあればいいほうです。99の仕事はおもしろくない。でも、若手のうちは、耐えなければなりません。そうすることのできた人が、ある程度の年齢になってから、やっとおもしろい仕事ができる、それが日本企業の仕組みなのですから。

 上司からしてみても、振った仕事を素直に「やります」と言っている部下は、可愛いに決まってます。それで、気がついたら仕事が殺到していて、しかも上司にも気に入られて、知らず知らずのうちに出世していくわけです。

 日本を代表するある大企業の役員が言っていましたが、スキルアップ族のような人は昔からいたそうで、そういう人は、すごくエッジの効いた先進的なことを言って、先頭を突っ走るのが好きな人が多かったのですが、だいたい失敗したそうです。「自分は何もしないで、常に二番手くらいにいたので、気がついたら役員になっていた」と、その方は述懐していました。

 日本企業には、そういうケースが多々あります。だから、長い目で見れば身近なところで信用を重ねていったほうが、明らかに得だと思いますよ。

――それから、「転職に逃げない」ことの重要さも挙げていますね。転職というと、「チャレンジ」というような、いい意味でポジティブにとらえられているのではないですか?

佐藤 不満があるから転職するわけでしょう。不満がまったくなくて、スキルアップしたいからという理由だけで転職しますか? そういう部分も少しはあるかもしれませんが、上司が嫌いだとか、仕事がいやだとか、そこには何かしらもっと大きな理由があるはずです。

 スキルアップ族は自分で無理やり変わろうとしているのですが、じっとしていても世の中は勝手に変わるし、会社も、上司も変わっていく。自分一人で無理に変わろうとする必要はないと思いますね。

 ある人とチームを組んで仕事をするような場合に、たまたま優秀な人とチームを組んだことでいい成績を残せたりすると、自分に対する評価も上がりますし、もちろんその逆もあります。自分を無理に変えなくても、自分は変われるということです。

自分が動け

ーー本書では、「人を使うのでなく、自分が動くことが大切」とも書いていますね。

佐藤 30歳そこそこで、自分が動かずに、人に動けと言っても、誰もついてきません。人を動かすためには、自分が人一倍動かないと。上にいい顔をしても、下がついてこないのでは話になりません。ですから、上司に「あれはどうなっているか?」と聞かれたら、「すでに調べておきました」という返事をしながら、きちんと雑用もこなすことができないとダメですね。長時間労働になりがちですけれども、それは仕方ない。

 でも、そういう人が出世しています。上司は、自分の仕事を楽にさせてくれたり、役に立つ人間は可愛いに決まっていますよ。それに、自分から動く人には部下もついてきます。

 私の知る限り、銀行で一番早く支店長になった人とか、商社で一番早く課長になった人というのは、例外なく一番動いている人です。

ーー結局、できるだけ1つの会社にとどまり、地道にノウハウをためるのがよいということでしょうか?

佐藤 いや、私の取材してきた経験で言うなら、独立して成功している人には、企業の大小は問わず、八百屋さんでも豆腐屋さんでも、親が経営者という人が多いですね。親や親戚に独立志向の強い人が多ければ、独立を考えてもよいかもしれません。

 人は、遺伝子的にも環境的にも、いやでも親の影響を受けます。親戚が自営業者ばかりという人は、やはり独立心旺盛で自営業者に向く反面、自己主張が強くてサラリーマンには不向きな人も多い。反対に、がちがちのサラリーマン家庭で保守的に育った人が、急転換して独立を目指そうとすると、どこかで無理が出たりしますが、組織で結果を出すサラリーマン素質は、自分が思っているより高かったりするのです。「自分の親の仕事は何か?」を起点にキャリアを考えるのも、1つの手ではないでしょうか。
(構成=編集部)

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