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江川紹子の「事件ウオッチ」第113回

江川紹子「性暴力根絶のため国際的な取り組みを」ノーベル平和賞受賞2氏の訴えと日本の役割

文=江川紹子/ジャーナリスト
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 ヘンソンさんは、さらにその後、検問所で捕まり、慰安所で慰安婦として連日のように日本兵の性の相手をさせられた。

「ひとり、泣いて泣いて泣き続け、母の名を呼びました。日本軍に殺されるかもしれません。抵抗のしようがありませんでした。

 昼の2時から夜の10時まで兵隊たちが行列をつくって私をレイプする日々が始まりました。他の6人の少女の部屋にも、兵隊たちが行列をつくっていました。

 どうしようもありませんでした。日本兵の性的欲求に従うより仕方がなかったのです」(同書より)

 性交しないうちに射精したりズボンが精液で汚れたりした兵士が、怒って彼女に暴力をふるう様や、検診の医師からもレイプされた体験、あるいは比較的親切だった兵士との会話なども、同書には生々しく描かれている。

 最近は、慰安婦というと、韓国人女性の問題ばかりがクローズアップされるが、被害女性は韓国にとどまらない。

 慰安婦になった経緯は人によって異なるだろうが、旧満州でソ連兵を「接待」した女性たちの例を持ち出すまでもなく、その意に反して性の相手をしなければならない状況は、当事者にとっては、まさしく性暴力被害以外のなにものでもない。

 だからこそ、今の国際社会では、慰安婦の問題も「戦時性暴力」のひとつとして受け止められている。

求められる日本の役割

 そんななか、日本の一部には、元慰安婦の人たちを「売春婦」呼ばわりするなど、被害者の尊厳を貶めるような人たちがいる。

 最近は、日本人男性が台湾で慰安婦像に蹴りを入れたことが発覚して問題となった。男性は、像の撤去を求める活動をしていた。その後、台北市内にある、大使館に相当する日本の窓口機関、日本台湾交流協会台北事務所の玄関にペンキがまかれる騒ぎも起きた。

 こうした出来事は、「戦時性暴力」の問題に対する日本の姿勢を疑われかねず、厳しく非難されなければならないと思う。

 もっとも、「紛争時の性暴力」「軍隊と性暴力」の問題で加害を経験したのは、日本だけではない。第二次世界大戦中・終戦直後で言えば、ソ連兵がポーランドやドイツで数多くの女性を強姦したことはよく知られているし、ノルマンディーに上陸した米兵が、至る所で現地女性を性行為に及び、トラブルになるだけでなく、レイプも多数報告されている。戦後の日本でも、米兵による強姦事件は少なくなかった。ユーゴスラヴィアが解体していく過程で起きた内戦でも、セルビアの兵士によるイスラム教徒の女性に対するレイプが多数行われた。

 2000年代に入っても、治安維持のために中央アフリカに派遣されたフランス軍が、現地の子供たちに性的暴行をくり返していたことが発覚して国連で問題になったし、最近も国連PKO要員による性的暴力が問題にされた。

 日本との関係では、被害国である韓国も例外ではない。ベトナム戦争に参戦した韓国軍は、現地の女子供老人らを虐殺したり、女性を強姦したりする事件を起こしている。

 今回のノーベル平和賞を報じる際に、「(日本の)慰安婦反省につながるか」(中央日報)などと書いている韓国メディアもあるが、自国の被害者的側面のみならず、加害者としての側面を省みることも必要ではないか。

 また、戦時ではないが、中国の文化大革命期に内モンゴル自治区では、人民解放軍などによるすさまじい虐殺・拷問と合わせて、女性たちに対する性的暴行が盛んに行われた。兵士の暴力は、他国や他民族の女性に対してだけでなく、自軍の女性にその矛先が向けられることもある。アフガニスタンやイラクに派遣された米軍女性兵士の3割以上が、上官から性的暴行を受けていた、という調査結果が発表された時には、大きな衝撃が走った。

 内外に対する性暴力が起きないよう、軍紀を正していくさまざまな対策はもちろん重要だが、こうした性暴力の根源は、敵対勢力に対する敵意や蔑視、攻撃性が高まったり、兵士が極度の緊張状態に置かれたりする環境そのものにあるといえるかもしれない。紛争や侵略、戦争と性暴力の発生は連動しており、被害は平和が損なわれたために生じた結果でもあろう。その点で今回のノーベル平和賞は、賞の目的に極めてかなうものと思う。

 ただし、賞には人々の目を問題に引きつける力はあるが、問題解決の力はない。ムラド氏は、受賞が決まって初めての記者会見で、こう訴えた。

「ひとつの賞やひとりの努力では、中東や世界の迫害された人々や性的暴力の被害者は守れない。国際的な取り組みが必要です」

 ムクウェゲ氏は共同通信のインタビューに、「日本をはじめ世界中の人々に、(紛争に伴う)性暴力に立ち向かう責任がある」と述べた。

 この問題について、被害者としても加害者としても痛みを知る日本は、ぜひ積極的にかかわっていきたいものだ。
(文=江川紹子/ジャーナリスト)

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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