木下隆之「クルマ激辛定食」

道路脇の「緊急退避所」使用経験者はいる?実際飛び込むとどうなる?ブレーキ過熱問題の今

緊急退避所

 これこそ“昭和の遺跡”のような気がする。もはや絶滅危惧種だ。日本の高度成長期や、映画『ALWAYS 三丁目の夕日』(東宝)のような郷愁すら漂う――。

 ワインディングの下り車線で時おり見かける「緊急退避所」のことである。平成生まれの若いドライバーには、存在すら知らない方も多いに違いない。これは、まだ日本車が貧弱だったころの名残なのだ。文化遺産に推挙したいほどである。

 緊急退避所は、長く下り坂が続く峠道に設置してある。走行車線からそのまま飛び込めるようになっており、ジャンプ台のように正面に受けている。路面は砂地。飛び込んだクルマが砂地にめり込むように、盛り上がりが波状的に横断しているのだ。

 用途は、万が一、ブレーキ関係のトラブルによって、制動力を失った場合に、そこへ飛び込むことで強制的に停止させるためにある。

 実際に飛び込んだ経験は、自身はもちろんのこと、仲間にもいない。そのため、その時の恐怖心や衝撃を語れる者はいないが、おそらく心臓が飛び出るくらいの恐怖に耐えなければならないだろうし、果たしてその時に冷静に退避行動が取れるかどうか自信もない。

 よしんば飛び込めたとしても、横断する波状の砂の山でクルマは強い衝撃を受けることだろう。ハンドルにしがみつかねばならない。室内で体が暴れ回り、どこかに強打する危険性もある。それに耐えられる自信もない。

 かといって、ノーブレーキなのだから、みるみる速度を上げていくクルマを止める手段は限られている。クルマが破損することも、ともすれば多少の怪我をするのも、覚悟で挑まなければならない。

 もっとも、クルマの性能や耐久性が飛躍的に進歩した今、それにお世話になったドライバーがどれだけいるのであろう。

 緊急退避所を管理する方に話を聞くと、実際に使用するケースは「まずないですね」とのこと。想像通り、緊急退避所のおかげで命拾いしたケースは激減しているのである。

 制動力の喪失は、整備不良かブレーキフェード現象が原因だ。下り区間が長く続き、ブレーキペダルを踏み続けていれば、いずれブレーキが過熱し利かなくなる。

緊急退避所は絶滅するか

 だが、それも過去のこと。注意が必要なことは現在でも同様だが、昔のように山坂道をちょっと下っただけでブレーキが過熱することは、まずない。ブレーキ容量が格段に増したばかりか、放熱性も高い。パッドの材質も進化した。旧車を大切に乗っている人は、以前と同様に気を配る必要があるが、最新のクルマではまず問題ないといえる。とはいえ、トラックなどでは、まだ同様の心配がある。

 それが証拠に、注意喚起の看板は随分と減った。我々が頻繁に通う箱根ターンパイクでも、かつてはパーキングに「エンジンブレーキの使い方」なる注意書きが丁寧に貼り出されていた。だが、それも今はもうない。「ブレーキの過熱注意」「エンジンブレーキ併用」「2速で下れ」等の表示はまだ残されているが、どれだけ多くの方がそれを意識しているか、甚だ怪しい。それほどブレーキ過熱の心配はなくなったのである。

 近い将来、緊急退避所は絶滅するのではないかと思う。ブレーキ性能が進化したばかりか、EV(電気自動車)化によって回生ブレーキが優先され始める。ますますブレーキの過熱は起こりづらくなるからである。

 と思ったら、昭和の遺産として記念撮影したくなった。誰も飛び込まなくなった砂地は雨で締まって硬くなり、雑草が生えている。役目を終えようとしているそれは、どこか物悲しい。
(文=木下隆之/レーシングドライバー)

木下隆之/レーシングドライバー

プロレーシングドライバー、レーシングチームプリンシパル、クリエイティブディレクター、文筆業、自動車評論家、日本カーオブザイヤー選考委員、日本ボートオブザイヤー選考委員、日本自動車ジャーナリスト協会会員 「木下隆之のクルマ三昧」「木下隆之の試乗スケッチ」(いずれも産経新聞社)、「木下隆之のクルマ・スキ・トモニ」(TOYOTA GAZOO RACING)、「木下隆之のR’s百景」「木下隆之のハビタブルゾーン」(いずれも交通タイムス社)、「木下隆之の人生いつでもREDZONE」(ネコ・パブリッシング)など連載を多数抱える。

Instagram:@kinoshita_takayuki_

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