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江川紹子の「事件ウオッチ」第164回

問われる菅首相のふるまい…江川紹子が考察する「米大統領選と日本学術会議任命拒否問題」

文=江川紹子/ジャーナリスト
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日本学術会議会員の任命拒否について説明責任を果たそうとしない菅義偉首相。(写真は同首相の公式インスタグラムより)

 世界が固唾をのんで見守っていた米大統領選挙は、民主党・バイデン氏の当選確実を主要メディアが報じている。すでに勝利宣言が行われ、菅義偉首相を含めた世界各国の首脳からのお祝いメッセージも発せられた。今後は政権移行に向けての動きが米国内で盛んに報じられていくだろう。そういうなかで、同氏に投票しなかった人々も「バイデン次期大統領」を受け入れ、平穏に政権交代が進むよう願いたい。

大統領選で垣間見えたアメリカの強み

 トランプ氏は敗北を認めず、法廷闘争を加速させる意向、と報じられてきた。2000年の大統領選での法廷闘争を引き合いに、今回はさらに最終決着が遅れ、正式な大統領選出手続きの日程に間に合わないのではないか、との可能性も報じられている。しかし、そこまでもつれるという予想は、あまり現実的でないのではないか。

 2000年に焦点となったのは、フロリダ州1州の集計に関して。共和党・ブッシュ氏、民主党・ゴア氏の得票は僅差で、再集計したところわずか300票差だったため、ゴア陣営が手作業による再集計を求めて提訴した。

 これに対してトランプ氏は、複数、もしくは多数の州での開票結果を無効にしたり、ひっくり返さなければ勝つ見込みはない。開票作業には共和党関係者も立ち会い、厳正に行われていることは、共和党寄りのFOXニュースのレポーターも伝えている。トランプ氏が問題視する郵便投票にしても、結果に影響を及ぼすような不正の証拠は示されていない。にもかかわらず、裁判所があからさまにトランプ陣営に荷担するような政治的対応をして、司法に対する信頼を損なうようなことをするだろうか。

 共和党内の良識ある人たちも、混乱は回避するよう努めるのではないか、と期待したい。

 開票結果からは、トランプ氏は2016年の大統領選の時より得票数を伸ばすなど、1期目の業績を評価する人々も多かったことがわかる。威風堂々と結果を受け止めればポジティブな印象を残せたのに、敗北を認めない態度によって、「米国史上、最も潔くない大統領候補者」としてのイメージが強烈に記憶されることになった。それ自体は彼の自業自得だが、これ以上熱狂的な支持者を煽り、暴力沙汰が起きるような事態は避けてほしいと願うばかりだ。

 当選が確実になったバイデン氏は、「私に投票してくれた人もしなかった人も、米国民皆のための大統領になることを約束します」とのメッセージを発し、「分断ではなく結束を目指す大統領になる」「互いを見て耳を傾け合おう」と国民の対話と融和を呼びかけた。

 トランプ氏のような異形の大統領が出現し、米国内にも国際社会にも衝撃を与え、分断や対立、予測困難な不安定さをもたらしても、その後には、傷を癒やそうとする政権が生まれる修正力が、アメリカの強さの源泉でもあるのだろう。

 今回の選挙では、共和党良識派の一部が、トランプ再選を避けるために、民主党のバイデン氏に投票を呼びかけていた。大局的な視点から党派を超えた動きが生まれたのも、やはりアメリカの強みといえるかもしれない。

 国民の融和はたやすいことではないだろうが、リーダーが「すべての国民の大統領になる」という理念をくり返し語り、それに沿った態度をとって見せる、という姿にはまぶしさを感じる。こうした発言はきれいごとだと思う人もいるだろうが、「むき出しの本音」で対立や分断を煽るより、「あるべき姿」を示して融和を求めるのがリーダーの役割だろう。

日本学術会議「任命拒否問題」で湧き上がる、菅首相への疑念

 翻って自分の国を見た時、残念ながら私たちは、長くそういうタイプのリーダーを戴くことができていない。7年8カ月に及んだ安倍晋三政権の間、「野党に投票した人や政府の政策に反対した人も含めて、日本国民すべてのための総理大臣になる」といった首相の発言や態度を、私はついぞ見聞きすることはなかった。同政権にはリベラルともいえる政策もあったが、それが融和をもたらすことはなく、国民の間の“親安倍”と“反安倍”の分断と乖離は広がる一方だった。

 安倍政権を引き継いだ菅政権のキャッチフレーズは、「国民のために働く」。ただ、首相の口から「すべての国民」という言葉が出るのは、今のところ、新型コロナのワクチン提供対象者について語られる場合に限られている。

 それでも、「悪しき前例主義」を打ち破ると宣言し、スピード感をもって問題解決をしていく姿勢を見せた菅首相には、国民からの期待も寄せられている。政権発足直後の各種世論調査は、異様なまでの高支持率を示した。

 ただ、気がかりなのはその手法である。

 日本学術会議の会員任命を巡る菅首相自身の対応を見ていると、手法への懸念は増す。6人の任命を拒否した手続きの適法性が疑わしいのに加え、首相の説明が曖昧かつ不合理で、しかも変遷し、そのプロセスが非常に不透明かつ強引に見えるからだ。

 問題発覚当初、菅首相は「総合的、俯瞰的な活動を確保するため」という、意味不明の説明を繰り返していた。具体的な説明を求められた末に、「いわゆる旧帝国大学に(会員が)偏っている」「多様性が大事」と言い出した。ところが任命拒否した6人のうち3人が私大教授であり、1人は女性だ。これでは、6人を拒否した理由説明にはならない。

 話が「支離滅裂」と批判された菅首相は、今度は「推薦前の調整」が行われなかったことを理由にし始めた。

 従来の政府は、国会答弁においても、学術会議が推薦した候補者はそのまま任命するとしていた。ところが、11月7日付け朝日新聞によれば、安倍政権時の2017年に学術会議の半数が交代した際に「推薦前の調整」が行われた。官邸側の要求で、学術会議が正式な105人分の推薦名簿を提出する前に、最終選考に残った6人を加えた111人の名簿を杉田和博官房副長官に示したのだという。

 非公式に定員以上の候補者を示させ、そのなかから官邸が選ぶという事前調整を、安倍政権は“新ルール”にしたつもりらしい。2018年夏の補充人事では、官邸が学術会議の候補に難色を示し、欠員が補充できなかった、という。菅政権もこの“新ルール”を引き継いだのに、学術会議が従わず、事前のお伺いを立てなかったため、官邸が選考に関与する機会がなかったのが不満だ、と菅首相は言いたいようだ。

 だが、これにもいくつか疑問がある。ひとつは、法の定めがなく、従来の国会答弁とも異なる“裏ルール”を、官邸が密かに作り、学術会議に押しつけることが果たして許されるのか、という問題。もうひとつは、その“裏ルール”は学術会議にも共有されていたのか、という疑問だ。

 後者については、当時の会長だった山際寿一・京都大学前学長が否定している。先の新聞記事によれば、2018年の補充人事の際、山際氏が杉田官房副長官に面会を求めたが、「来る必要はないし、理由も答えない」と言われた、とのことだ。

 しかも菅首相の説明でも、6人を拒否した理由は、不明のままだ。

 共同通信は11月8日付けの記事で、「複数の政府関係者」への取材結果として、「官邸が…安全保障政策などを巡る政府方針への反対運動を先導する事態を懸念し、任命を見送る判断をしていた」と報じた。ただし、「政府関係者」のコメントがカギカッコつきで引用されたわけではなく、具体性に乏しい。

 任命拒否が明らかになったのは10月1日だが、今もって真相は闇のなかだ。政府の説明に誠実さが欠け、そのために不透明な状態が長引いている、といえる。しかも日本は、ほかにも多くの課題を抱えているというのに、国会でこの問題に少なからぬ時間を割かねばならない事態が続く。この現状に、私は強いいらだちを覚える。課題解決を重視する実務型を期待された政権なのに、出だしからこうした問題にとらわれているのは、極めて残念だ。

 菅首相がきちんとわかりやすい説明をしないのは、国民にとても説明できないような、強権的な権力行使をしているからではないのか。話を変遷させ、学術会議のあり方に論点をずらしているのは、そうしていれば、国民がこの問題に飽き、追及を続ける野党に批判が集まり、自身が説明責任から免れるともくろんでいるのではないか。

 そんな疑念を今なお払拭できずにいる。

国民のなかに深まる疑念、広がる分断を解消するためには

 経済や暮らしに直結しているとは見られない学術会議の問題は、国民の関心を引きにくい。世論調査を見ても、これが内閣支持率に与える影響は限定的だ。

 しかし、学問の自由への影響も指摘される課題で、国民に説明ができないような強権的な権力行使をする政権は、別の課題でも同様の対応をするだろう。菅政権は大丈夫なのか。

 このような懸念を解消するには、事実経過を明らかにすることが必要だ。具体的には、杉田官房副長官と学術会議前会長の山際氏の2人を国会に呼び、まずはことの真相を明らかにしてもらいたい。そのうえで、今回の人事の妥当性、さらには学術会議のあり方や会員の人選・任命の方法について開かれた場で議論すればよいではないか。

 菅政権の発足直後、安倍政権には批判的だった人たちも含めて、少なからぬ国民が、「すべての国民」のための政府を作って、これまでの分断を少し埋めてくれるかもしれない、という淡い期待を抱いていたように思う。それは、異様なまでの高い支持率を示した各種世論調査からうかがえる。

 その期待は、次のようなものだったのではないか。菅氏は官房長官として「森友・加計・桜」を始めとするさまざまな問題の処理に関わった経験から、それなりの教訓を学んでいるだろう。イデオロギーや自身の面子より、いろんな立場の人の話をよく聞いて、現実的な執政を進めてくれるのではないか。それによってコロナ禍であらわになったさまざまな問題をひとつひとつ改善し、今の分断や乖離を埋めていくことも可能ではないか……。

 しかし、こうした期待は失速している。

 直近の毎日新聞の世論調査によれば、学術会議の任命拒否を問題視する者の多くは内閣を支持せず、問題視していない層は内閣支持者が圧倒的。安倍政権時代の分断の構図を、菅首相もそのまま引き継ごうとしているように見える。

 この危機的な時代に、説明責任を果たさず、不透明で強権的な政権運営をして国民の分断や対立、疑念を深めていこうというのか。それとも、誠実な説明と透明な政権運営、異なる意見の立場の人たちとの対話によって、国民の融和や信頼関係の構築に努めていくのか。

 今回の問題では、菅首相のリーダーとしてのふるまいが問われている。

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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