額面金額が大きいお札を使用が与える影響
最後は、お札の額面金額に着目したラグビルとスリバスタバの研究を紹介します【註3】。ラグビルらは、マーシュラらが示した研究結果を参考にして研究を展開しています。マーシュラらは、消費者は高額紙幣をなるべく使わないようにしたいと思っているので、総額は同じであっても、低額紙幣を複数枚持っているときよりも高額紙幣を1枚持っているときのほうが、いろいろな商品の購入意向が低くなることを発見しました【註4】。
消費者は様々な目標を意識的にたてますが、暗黙的、あるいは無意識にたてられる目標もあります。「高額紙幣はなるべく使わない」という目標は暗黙的かつ無意識に設定されるものです。なぜなら、いくら使いたくないと思っていても必要なときは使うので、絶対に達成しなければならない目標ではないからです。ラグビルらは、この目標が崩れた場合、より高額の購買が促進されると予想しました。
次のような実験を行っています。被験者に、謝礼として1ドル札を受け取る状況(額面金額が高い条件)、もしくは25セント硬貨4枚を受け取る状況(額面金額が低い条件)を想定してもらい、その謝礼を受け取るか、あるいはその謝礼でキャンディを買うかのどちらかを選択してもらいました。その結果、キャンディの購入を選択した被験者は、額面金額が低い条件では63%、高い条件では26%となり、額面金額が高いほうが少なくなりました。ただし、購入者のキャンディ購入額は、額面金額が低い条件よりも高い条件のほうが大きくなったのです。
つまり、消費者は額面金額が高いお金は使いたくないと思ってはいるものの、ひとたび使うと決めた場合は、「どうでもよくなる効果」が発生し、より多く支出してしまう傾向にあるのです。この実験では1ドルという小額紙幣を用いていましたが、この結果から、額面金額が高くなるほど支出額もより高額になることが示唆されています。
以上の研究から、お金に関する目標を明確にしてしまうと、お金を使いすぎてしまうなど達成できなかったときの反動が大きく、自己制御力の低下や強い心理的不快感が生じ、さらに使い過ぎてしまうことが明らかにされています。ダイエットと同様で、「使わない」「買わない」といった抑制ではなく、節約できたことや貯金できたことを褒めるようなポジティブな捉え方をすると、「どうでもよくなる効果」の発生を抑えやすくなると思います。また、高額紙幣を使うときは、支出額が必要以上に大きくなっていないか留意するといいでしょう。
(文=白井美由里/慶應義塾大学商学部教授)
参考文献
【註1】Soman. D. and A. Cheema (2004), “When Goals Are Counterproductive: The Effects of Violation of a Behavioral Goal on Subsequent Performance,” Journal of Consumer Research, 31 (1), 52-62.
【註2】Wilcox, K., L. G. Block, and E. M. Eisenstein (2011), “Leave Home Without It? The Effects of Credit Card Debt and Available Credit on Spending,” Journal of Marketing Research, 48 (special issue), S78-S90.
【註3】Raghubir, P. and J. Srivastava (2009), “The Denomination Effect,” Journal of Consumer Research, 36 (4), 701–713.
【註4】Mishra H., A. Mishra, and D. Nayakankuppam (2006),” Money: A Bias for the Whole,” Journal of Consumer Research, 32 (4), 541-549.