橋本氏を含む調査チームは、2007年に日本の性教育を独自にリサーチしている。その結果わかったのは、日本の性教育の時間の短さだ。中学校の性教育の平均時間は、各学年で平均3時間前後。3学年通算では9時間程度にすぎなかった。フィンランドの中学校で年間17時間が性教育にあてられていることを考えると、日本の性教育の時間の短さがわかる。
しかし、昔からこうだったわけではない。橋本さんによると、1990年代の日本の性教育は決して遅れていたわけではないという。
「80年代半ばに起きた“エイズパニック”を受けて、90年代の日本ではHIV感染症を未然に防ぐための性教育が重視されました。89年に小学校の学習指導要領が改訂され、92年から小学校5年の理科で『ヒトの発生』を扱うようになり、保健の教科書も登場して、男女の二次性徴や生殖器官の名前も問題なく扱えるようになったのです」(同)
当時の小学校の教育現場では、HIVの感染経路を子どもたちに教える『ひとりで、ふたりで、みんなと 性ってなんだろう』(東京書籍)という副読本も普及していた。教員たちも、工夫をこらして性教育に取り組んでいたという。
ところが、2002年頃に一部の保守派やマスコミによって“性教育バッシング”が始まり、日本の性教育が一変してしまう。
「教育方法や教材・教具が槍玉に挙げられ、都立七生養護学校の性教育に対して激しい攻撃が始まりました。その後、10年近い訴訟の末に七生養護学校の先生方が勝訴し、『学習指導要領は基準を示すもので、教師たちの創意工夫による性教育は違法ではない』と認められました。しかし、当時の性教育バッシングがトラウマになっているのか、学校現場ではいまだに性教育に対して萎縮ムードが続いています」(同)
その結果として、今も日本の性教育は諸外国に比べて遅れているわけだ。
「諸外国のような性教育を受けていれば、女性の生理について勘違いする大人もいなくなるはずです。何より気の毒なのは、学ぶ権利を奪われた子どもたちですよね」(同)
時が止まったかのように、立ち遅れている日本の性教育。少子化によって若者の数が減っていくなか、この遅れは日本にどんな未来をもたらすのだろうか。
(文=谷口京子/清談社)
【参考資料】
『こんなに違う!世界の性教育』(メディアファクトリー/橋本紀子監修)
『ジェンダー・セクシャリティと教育―海外の性教育関連教科書から日本の性教育を見直す―』(橋本紀子)
『現代性教育研究ジャーナル 2014年 No.36』(日本性教育協会)