なぜトップアスリートは試合前にストレッチをしない?「身体が柔らかい」のデメリット
最近、「どこでもストレッチできる」「身体が簡単に柔らかくなる」といったタイトルの本がベストセラーとなっています。
少し前になりますが、大きな話題になった『どんなに体がかたい人でもベターッと開脚できるようになるすごい方法』(Eiko/サンマーク出版)は、なんと100万部以上も売れたそうです。
それほど多くの人が「身体を柔らかくしたい」と思っているわけですが、その裏には「身体は柔らかいほうがよい」という考え方があるからにほかなりません。
しかし、身体の専門家からすると、実は身体が柔らかいことは良いことばかりではないのです。むしろ良くないこともたくさんあります。
そこで今回は、「身体が柔らかくなるデメリット」を3つ紹介します。
・その1 筋力やスピードが落ちる
身体が柔らかくなるのは、筋肉が、「伸びやすくなる」「長くなる」という2つが要因です。筋肉というのは、脳から指令が出ると縮むようになっています。筋肉が短く伸びにくいほうが力もスピードも出やすいのです。ですから、トップアスリートは試合前にほとんどストレッチを行いませんし、必要以上に身体を柔らかくすることもありません。
・その2 エネルギー効率が落ちる
少しわかりにくいと思いますが、身体が柔らかいと、身体を安定させるためにエネルギーが必要になります。
2010年に行われた日本抗加齢医学会の研究発表会で同志社大学の研究チームが発表した報告では、ジョギングをする場合、身体が柔らかい人は一般の人に比べて5%多くカロリーを消費するという報告がされています。
逆に、身体の柔軟性が低い人は、一般の人に比べて5%少ないカロリー消費だったという報告がありました。ダイエットという観点であれば、同じ運動量でも消費カロリーが増えるのでダイエットには有利になります。
しかし、これが競技になると話は変わります。競技では、少ないカロリーで多くの運動量が出るほうが有利になるからです。
・その3 大ケガをしてしまう可能性が高くなる
ほとんどの人が、ケガの防止には、ストレッチを行うのがいいと考えています。確かに、身体が柔らかいほうが日常での小さなケガや損傷を防げる可能性は高いと思います。
しかし、スポーツになると話は別です。身体が柔らかくなるということは、身体の可動域が広がるということです。可動域を無理に広くした場合、その領域はなかなか筋肉がカバーできません。そうなると、その領域で大きな力がかかったときには、関節が外れたり腱や筋肉が損傷してしまう可能性があるのです。
本来の柔軟性であれば対応できた衝撃が、柔軟性が上がったことにより可動域が広がり、許容範囲を超えて大ケガにつながってしまうこともあるのです。
日常生活に有効なストレッチ
今回は身体が柔らかくなることを「デメリットの角度」からお話ししましたが、もちろん、メリットもたくさんあります。
柔軟性は、老化によってもっとも低下する機能のひとつです。首都大学東京の体力標準研究会が07年に発表した「日本人の体力標準値」では、20歳を100とした場合、筋力は60歳でも80までしか低下しないが、柔軟性は60まで低下すると報告されています。
その意味では、老化による柔軟性の低下を補うために身体を柔らかくするのはとても良いことですが、必要以上に柔らかくすることには注意が必要なのです。
では最後に、ほとんどリスクがなく、有効なストレッチのポイントをひとつお伝えします。それは日常のなかで、自分が縮まっていると感じる部分をストレッチすることです。
たとえば胸の筋肉などは、デスクワークやスマートフォンの操作などで縮んでいます。モニターなどが正面にない人は体がねじれているので、縮まっている片側だけストレッチしてください。そういった部分は、ストレッチしないとどんどん縮んでいきます。体のバランスをキープするためにも、気づいた時にストレッチを行うよう心がけてください。
(文=角谷リョウ/パフォーマンスコーチ)