社長が不倫相手を好き勝手に出世させちゃう!?大手新聞社の呆れた内部
同棲生活を始めて1年後の93年春。村尾はロンドン勤務が満3年を迎え、東京本社に戻った。戻り先は内閣支持率や政党支持率を調査する世論調査室だった。政治部内の課のような位置づけで、室長と次長は政治部出身者の指定席だった。室長は待命ポストだったが、次長は政治部次長として使えない記者を処遇するための職位だった。
村尾がそれにめげるようなことはなかった。もともと、村尾はジャーナリストとして名を成そうなどという気はさらさらなかったが、サラリーマンとして出世はしたかった。それには世論調査室次長は大満足のポストだった。破格の扱いでロンドン支局次長として赴任が決まった時から、親分の富島にぴったりついて滅私奉公すれば、役員までは出世できると思い始めていた。世論調査室次長は、その延長線上にあるキャリアパスだった。
村尾は女たらしだったが、ドンファンにはなり切れなかった。サラリーマンとしての出世欲が邪魔したのだ。由利菜との同棲をロンドン時代の楽しい思い出として、切り捨てる気だった。東京に戻れば別の女をゲットする自信もあった。だが、日本に帰国する際、由利菜に妻との離婚か、正社員の記者としての採用か、どちらかを迫られた。
そうなると、「由利菜とハイさよなら」とはいかなくなる。妻との離婚が無理な以上、由利菜の希望を聞き入れ、動く以外に選択肢はなかった。当時はまだ、日亜も堕落が始まったくらいのところで、不倫が表沙汰になれば、せっかく出世の道のとば口にたどり着いたのに、水泡に帰す可能性が強かった。
村尾は着任すると、すぐに由利菜を正社員として入社させるべく動き出した。帰国から約半年後の93年秋、情実入社は実現した。由利菜は富島の率いる経済部に配属となり、通産省記者クラブで日本での記者活動を始めた。
●もう不倫相手から逃れられない社長
由利菜は、天井を見つめて何も言わない村尾に業を煮やした。
「あなた、なんで黙っているの? また、おなかが痛くなったの?」
「そんなことないさ。ちょっと、昔のことを思い出していただけだよ」
「何を思い出していたの?」
「君をうちに入社させた頃のことだよ」
「あのとき、私、あなたに『日亜の正社員にしてくれないなら結婚して』って言ったのよね。あなたが動いてくれて、正社員にしてくれた。そのことは感謝しているわ」
「そうだろう。これまで、僕は君の希望することを大体、叶えてきているじゃないの。ニューヨーク特派員に出たのだって、君の希望だったじゃないの?」
「それは違うわ。以前にベッドの中で『どこかの特派員もやってみたい』って言ったことはあるかもしれない。ずっと同棲しているんだから。でも、ニューヨークはあなたの都合でしょ。嘘つかないで」
また激昂しそうになった由利菜を見て、村尾は慌てた。
「誤解だよ、それは。誤解しないで、お願いだ。夢にも思わなかった社長になることになって、スキャンダルになるのを心配した僕の都合だ。ごめんよ。僕が悪かった」
「そうでしょ。だから、私、何も言わずにニューヨークに行ったんじゃないの」
「わかっているさ。だから、誤解しないでよ。今度だって、別れようと言っているんじゃないんだ。どっちにしろ、近所なんだから、お互いに気が向いたときに行き来しようと言っているだけだよ。お互いに、もう年じゃないか」
由利菜の怒りが少し収まったのを見て、村尾が切り出したが、けんもほろろだった。
「駄目よ。それは駄目。何度も同じことを言わせないで。今週木曜日か金曜日にニューヨークから荷物が着くの。そしたら、ここに運び込むわ。いいわね」
「わかった。それでいいよ」
「わかればいいの」