鶏卵業界、カネまみれの政官癒着の闇…「金の卵産む商売」、業界保護に多額税金投入
「本当に無責任極まる辞職の仕方で呆れる。地元北海道の有権者にも失礼だろう」――。ある全国紙政治部記者は、吉川貴盛元農水相(北海道2区選出)が15日、東京地検特捜部に収賄罪で在宅起訴されたことを受け、こう憤った。大臣在任中に大手鶏卵生産会社の元代表から現金500万円の賄賂を受け取ったとして起訴されたが、体調不良を理由に議員辞職しており、まだ国民の前で説明責任を果たしたとは言いがたい。
謝罪文が大不評
報道などによると、吉川被告は広島県福山市に本社を置く鶏卵大手のアキタフーズ元代表の秋田善祺被告から、農相を務めた2018~19年に3回にわたって現金を受け取った。起訴された金額は500万円だが、実際にはより多く受け取っていたとみられる。吉川被告をめぐる今回の一連の動きについては、本サイトですでに報じたのでご参照いただきたい。
吉川被告は在宅起訴された15日に関係者に以下の「謝罪文」を公表したが、これが大不評だった。以下、全文を公開する。
「関係者各位
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令和3年1月15日 吉川貴盛事務所
生後間もなく余市に移り、高校まで北海道で育ち、大学卒業後は鳩山威一郎先生と鳩山邦夫先生の秘書として修業し、昭和54年に道議会議員に初当選、3期務めさせていただきました。平成8年の総選挙で衆議院議員に初当選、以後通算6期、地元の皆様からのご支援を賜りながら、国家・国民のために一所懸命働かせていただいてきました。皆様には感謝の言葉しかございません。ありがとうございました。
北海道の未来、そして日本の未来について政策提言し実現ができる力を磨くため、地元と東京を何度も往復し、衆議院議員を務めながら北海道大学で公共政策の修土号を取得しました。
学生結婚をした妻と二人三脚で精一杯駆け抜けてきましたが、その妻を病気で失いました。心に大きな穴が空き、政治にも身が入らなくなったことがありました。そんな時、妻が残してくれた3人の子どもたちが手伝ってくれました。
2年半前に患った心筋梗塞が要因し、現在、慢性心不全等により入院治療をせざるを得なくなり、昨年末に除細動器(ペースメーカー・AED)の埋込み手術を受けました。今も治療に努めているところです。術後はいままでのように動くことがままならなくなることから、術前の12月21日、いままでの政治活動を振り返りながら万感の思いで衆議院議員の職を辞することを決意しました。
今日まで政治家吉川貴盛をお支えいただき、お世話になりました皆様に対し、いままでのご厚情に深く感謝申し上げます。
本日、当局が単純収賄で在宅起訴したとのことであり、国民の皆様、地元の皆様、関係者の皆様に大変なご心配をおかけしてしまっていることを申し訳なく思っております。術前そして術後も当局からの事情聴取の要請に応じ、真摯に自分の認識を説明してきたところです。今後法廷でも自分の認識を裁判所に対し、しっかりと説明し、公正なご判断を仰ぎたいと思います。
以上」
この「謝罪文」を読んだ冒頭の記者の解説。
「こんなに不誠実な詫び文は初めてみました。まず、収賄罪で起訴されているというのに、肝心の謝罪がまさかの最後。文章の大半が、自分の生い立ちや議員としてのキャリアに費やされていて、読む人から見れば意味不明で、単に感傷に浸っていると見られても仕方ない。しかも、自分が犯罪行為をして起訴されているのを謝罪する文章で政界入りのきっかけをくれた鳩山家の名前を出すなんて、親分筋を大事にする政界の常識からいってもありえません」
さらに、地元関係者の反応も芳しくない。
「2年半前の心筋梗塞が今回の入院と書いているが、2年半前といえば、吉川被告が農水相に就任する直前だ。病人にあまりこういうことを言いたくないが、そんな病身で賄賂だけはしっかり大臣室で受け取っていたのだから、恐れ入る。ご家族の話も書いているが、こういう文脈で読まされると白々しさしか感じない」
吉川被告は一連の収賄が疑惑として浮上した先月初めごろから行方をくらまし、マスコミの目から逃れるように突然入院。そして直後に辞職し、今回の在宅起訴に至っている。つまり、一度も国民、有権者の前で今回の件について説明していない。吉川被告は手術後、いまだに入院しているようだが、体調が回復し次第、説明責任を果たす必要があるのは言うまでもない。
西川氏は「金のないブローカー」
今回の収賄事件については、秋田被告のクルーザーに乗っていた西川公也元農水相と本川一善元農水次官についても追及は及び、政官の癒着が鶏卵業界で存在することが明らかとなっている。西川氏が秋田被告に現職の国会議員を紹介するブローカーとしての役割を果たし、本川氏も畜産行政を所管する生産局長という農水省の本流を歩んでいた有力OBとして、現職の農水官僚に影響力を行使していたとみられる。
西川氏は今回の収賄罪での立件は見送られたが、「カネもってコーヤ」の異名にふさわしく、これまでもたびたびカネの問題で注目を浴びてきた。「地元栃木の事務所に昔は『役所への口利き10万円』などと書いた料金表が飾ってあった」(栃木の自民党関係者)という話すらまことしやかに語られる、筋金入りの金権政治家だ。
一方で「汚いカネばかりつかむのは、しっかりとした後援者がいないから」(同)だと地元の人気は低い。西川氏が政治家として最も脚光を浴びたのは、環太平洋連携協定(TPP)交渉だが、「地元に普段ほとんど帰ってこないくせに、報告会で『アメリカとやりあった』だのよくわからない外国人の偉いさんの名前を出して自慢されてもという感じで大変不評だった」(同)。
西川氏は二階俊博自民党幹事長との関係が近く、今年秋にも予想される解散総選挙で栃木からの出馬をいまだに模索しているとの話も出ているが、「河井夫婦の件といい、吉川のことといい、自民党がカネの問題で叩かれてる時に公認なんて出せるわけがない」(自民党のベテラン議員)。無所属で出ることも考えにくく、78歳と高齢の西川氏の政治生命は今回の一件で断たれたと言えそうだ。
鶏卵業界、「政治家さえ押さえれば金の卵」
今回の秋田被告が業界トップを務めた鶏卵業界では、「怖いのは制度改正と疫病だけ」(業界関係者)だと言われる。鶏卵は「物価の優等生」と呼ばれ、ブロイラーの数など規模が物を言う業界だ。アキタフーズが本社を置く広島県の19年の生産量は全国5位と上位であり、地域の大企業である同社が地元の生産を取り仕切っていた。疫病については衛生環境の向上などで対応できれば、「永田町と霞が関にカネをばらまいて余計な動きさえさせなければ、文字通り金の卵を産む商売」(同)となる。秋田被告が今回吉川被告に求めたのも、「アニマルウェルフェア(動物福祉)」の観点から国際基準が密集飼育に否定的な内容となるのを防ぐことを求めたものだ。
本川元農⽔次官ら官僚サイドもこれまでに似たような業界への配慮を陰に陽に求められ、それに応じてきたものとみられる。代表的なものが「鶏卵生産者経営安定対策事業」だ。これは、卵の過剰生産で価格が下落した際、経営規模にかかわらず価格差を補填し、さらに下落が続いた場合、鶏舎を⼀定期間以上、空にすれば生産者に奨励金を交付するというもの。鶏卵業者からすれば、作りすぎても自分の経営が傷まないため、死活的に重要な制度であり、この事業に毎年50億円規模の税金が投入されている。秋田被告をはじめ養鶏業界が手放したくない業界保護の最たるものだろう。
消費者からすれば、確かに「いつでも安い卵が食べられる」というメリットはあるが、税金が大量に特定の業界に投入されていることを考えると、市場原理に基づかない「不自然な安さ」とは言える。鶏卵業者も民間企業であり、ここまで手厚く保護する必要があるのかは議論の余地があるだろう。
吉川被告が原因で自公政権は議席1減か
吉川被告の辞職により、北海道2区で補選が4月に行われるが、自民党は独自候補の擁立を見送った。公明党も擁立に否定的だ。昨年7月の参院選をめぐる大規模買収事件で公選法違反罪に問われた元自民党で現在は無所属の現職、河井克行元法相の地盤広島3区で斉藤鉄夫幹事長を候補として立てたような「自民の尻ぬぐい」はしないということだろう。立憲民主党などの野党は候補の一本化を急いでおり、与党にとっては議席が1減となる可能性が極めて高い。
吉川被告は農水相時代の目立った実績は皆無だ。養豚業界を揺るがせた豚熱へのワクチン投与などの対応が遅れたことも批判された。挙げ句に今回の収賄罪での在宅起訴である。議員人生の最後くらいきっちりとした説明をし、政官の癒着の実態を明らかにすることに貢献しなければ、汚名はますます高まるばかりだろう。
(文=松岡久蔵/ジャーナリスト)